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「おやじ山の春2009」は最下段から1つ上の6月2日から順次上にアップしています。

2009年6月12日(金)晴れ
おやじ山の春2009(エピローグ)

 この春でのおやじ山最後の日を迎えた。今日の日中は29℃まで気温が上がるという。

 おやじ小屋にデポするキャンプ道具を車に積み込んで、見晴らし広場まで車で上がった。ここから一輪車に荷物を積み替えて小屋まで運ぶのである。キャンプで使った48リットルの大型クーラーや折り畳み椅子を物置や小屋に運び入れてからおやじ山を一周した。おやじ池ではモリアオガエルが昨日の雨で何回目かの産卵を慌ててしたようで、水面まで伸びたコシジシモツケソウに白い卵塊を作っていた。

 それから山仕事で使った鉈や鎌、手斧などの刃物研ぎをした。いつもそうだが、刃物を一心に研いでいると何故か気持ちが静まってきて、シ〜ンと心が澄んで来るように感じられる。
 一緒に山に上がって来たカミさんは、自宅に帰ってから料理するためのサンショウの青い実やモミジイチゴの黄色い果実を夢中になって摘んでいた。

 そして最後に小屋の土間を綺麗に掃き清めて、戸を閉めた。いつも通り帽子をとって「ありがとうございましたあ!」と小屋に向って大声で挨拶する。そしてヤマボウシの咲く山道を下った。
  

 テントで一眠りして起きるとあと少しで日が落ちる時刻である。夕涼みの積もりで高台に出てみると、眼下に広がる田んぼは既に濃い緑の稲田である。 「ピックィ〜!ピックィ〜!」と夕間暮れの空でサシバが鳴いた。
(おやじ山の春2009  おわり)

「8月日記」に続く

2009年6月11日(木)雨、曇り
おやじ山の春2009(梅雨入り)
 昨10日、新潟県と北陸地方が梅雨入りとなった。昨晩から今日の明け方まで、久々にテントを打つ雨音を嬉しく聞いていた。
 おやじ山では池の畔にキショウブが咲き、小屋の脇ではエゾアジサイが花開いた。そして初夏の花ウツボグサが作業道路脇の草地を美しく紫色で飾り始めた。
 今朝は珍しくイカルの鳴き声で目を覚ました。カミさんは朝、サシバの鳴き声を聞いたという。鳥達もようやく降った待望の雨が余程嬉しいらしい。

 夜は、いよいよ俺達のテントを畳む日が間近だと聞いて、ドラム缶風呂を作ってくれたM工業のHさん夫婦が手作り料理を持ってテントを訪れてくれた。そしてHさんとの別れの宴となった。


2009年6月9日(火)晴れ
おやじ山の春2009(Nさん夫婦との佐渡旅行)

 新潟に住む次兄の案内でNさんご夫婦と1泊2日の佐渡旅行から帰って来た。
 昨日の午前8時にカミさん含めて合計4人でキャンプ場を車で出発し、新潟港で待っていた次兄と合流。佐渡汽船のジェットホイールで佐渡ヶ島に渡った。
 そしてレンタカーを借りてトビシマカンゾーの名所「大野亀」へ行き、見事に咲き誇っている黄花の群落に目を奪われてから「二ツ亀」の海岸に下りて、海岸沿いの遊歩道を歩きながらイワユリやハマヒルガオ、ハマナス、ハマエンドウ、ハマボッス、サイトゴメなどの素晴らしい海浜植物を堪能した。
 「願」という小さな漁村の「三景館」という民宿に宿をとる。そして夜は総勢5人の楽しく賑やかな宴となった。

 今日はレンタカーを走らせて尖閣湾に向った。早速遊覧船に乗り込んで湾内を一周、見事な風景に歓声を上げた。佐渡両津港に戻り12時40分発のカーフェリーで新潟港へ。ここで次兄と別れて再び4人でキャンプ場に帰って来た。
 そしてNさんご夫婦の車を関越道の小千谷インターで見送り、既にとっぷりと暮れたキャンプ場に帰った。駐車場に着いて車から降りると、目の前をス〜と小さな光が通り過ぎた。ホタルである。テントサイトの高台に出ると、何と長岡の街の灯がキラキラと明るく見えることか・・・

 長いおやじ山でのテント生活もホタルが舞う季節となって、そろそろ終わりである。

「森のパンセ」に<佐渡ヶ島花紀行>をアップしています。





2009年6月7日(日)朝小雨
おやじ山の春2009(Nさんご夫婦の訪問)

 私と同じ神奈川県藤沢市在住のNさんご夫婦がおやじ山に来られた。奥様は森林インストラクターで既におやじ山には2度来られている。そして今回のご夫婦での訪問は、明日から新潟の次兄の案内で佐渡のトビシマカンゾウや海浜植物を観察するためで、その前に初めて来られたご主人におやじ小屋を見せようという算段である。

 お昼過ぎ、キャンプ場下の駐車場にNさんご夫婦が着いて、お二人がニコニコとテントサイトに上がって来た。そしてNさんからご主人を紹介されて早速みんなでおやじ小屋に向かった。
 さすが植物マニアのNさんである。途中の山道で何度も屈み込んでは植物の写真を熱心に撮り、おやじ小屋に着くと、以前来た時にNさんが発見した「シラユキナガハシスミレ」の群落地を確認し、昆虫好きのお孫さんに見せるのだとギフチョウの幼虫を写真に写し、そして森林インストラクター仲間のTさんから頼まれたのだと<フクロウの家>の写真を撮ったりと大忙しである。
 午後5時、再びみんなでテントに戻って明日からの佐渡旅行の打合せをした後、Nさんご夫婦は宿泊先の市内のホテルに帰って行った。
 今日の山はサルナシの花が満開だった。秋の実の収穫が楽しみである。



2009年6月6日(土)曇り〜晴れ
おやじ山の春2009(懐かしの富山)

 連日の山仕事で可なり体力を消耗してしまった。そして今朝は靄がかかって梅雨時のような天候である。それでハッと思いついて骨休めに高速料金の土日1,000円を利用して富山までドライブする事にした。富山はサラリーマン時代、転勤で3年間過ごした場所である。そして当時住んでいたO町のお隣さん(Hさん)とは今も年賀状のやりとりをしていた。

 Hさん宅に顔を出す前に、街外れにある「銀鱗」という海鮮料理屋に入る。店のど真ん中の大きな生簀に鯛や平目やカンパチなどが泳いでいて、こんな魚を見ながらグルリと生簀を囲んだカウンターに座って刺身などを食べるのである。
 それからO町に行ってHさんを訪ねた。突然の訪問に奥様は目を丸くし、みるみる涙ぐんでしまわれた。2年前にご主人を亡くされ、今は一人暮らしである。部屋に上がってゆっくりして欲しいと再三促されたが、少し体調を崩されているご様子でもあり玄関先で失礼させてもらった。
 そして3年間暮らしていた我家だった家を外から再度ゆっくり眺め、近くを流れる「いたち川」の畔を歩いた。この川は宮本輝の小説「蛍川」の舞台であり、小説同様に住んでいた当時は川縁に蛍が乱舞していた。会社の幹部社員として富山に赴任し、仕事に行き詰ってはこの清冽な「いたち川」の河畔を歩いて気持ちを奮い立たせた。そんな当時を思い出して、やっぱり胸が詰り泣けてくるのである。

 再び北陸自動車道に車を乗り入れて、途中日本海が眼下に広がる米山サービスエリアで休んだ。
 19時5分、ちょうど夕陽が海に沈む時刻で、その息を呑むような落日に夢中でカメラのシャッターを切った。

「森のパンセ」に<日本海残照>をアップしています。




2009年6月5日(金)薄曇り
おやじ山の春2009(マンサクの葉枯れ被害)

 今日で山道の整備4日目である。作業2日目に何と口の中にハチが飛び込んで、慌てて「ペッ!」と吐き出したが刺されてしまった。今まで身体の何箇所かは刺されはしたが、口の中を刺されたのは初めてである。

 しかしこの山道でもマルバマンサクが何と蔓延っていたことか。今年は改めて気付かされたが、この木の葉枯れ被害が大きく広がっていた。ゴールデンウィークの頃から突然マンサクの葉の一部が茶色く枯れ始め、1〜2週間で一本の木が丸々褐色の枯木となるのである。新緑の山肌の中で薄汚く枯れたマンサクの木々は実に目立って、こんな突然の異変に薄気味悪さを覚えてしまう。
 奥越後松代に住む高橋八十八氏の著書を読むと、マンサクは焚き木の柴としても焚き木を絡げる「捻りっ木」としても一番有用だった、と書いているが、もはや燃料として使われずに放って置かれた結果の被害なのではないかと愚考している。
 今日で一応の山道整備は終わりにしたが、道脇のシナノキ(オオバボダイジュ?)、マルバアオダモ、タムシバ、ヤマボウシ、ウワミズザクラなどは残してマンサクは徹底的に切り倒した。
 午後4時ごろようやく作業を終えて山道で休んでいると、山菜採りから帰って来たMさんと出会った。78歳、まだまだお元気である。

 連日の日照りで一昨日から乾燥注意報が発令されている。ラジオは東京地方が雨と伝えていて、こんなニュースが羨ましい限りである。

「森のパンセ」に<マルバマンサクの危機>と<雪国の焚き木考>をアップしています。
 




2009年6月2日(火)晴れ、日中29℃
おやじ山の春2009(山道の整備)
 藤沢の自宅からはまさにとんぼ返りでおやじ山に帰って来た。
 今朝早く「瞑想の池」まで散歩に行ってみると、モリアオガエルの第3回目の産卵があったと見えて、池畔のトチノキの葉には真新しい卵塊がいくつか付いていた。

 そして今日からはブナ平への分れ道からおやじ小屋までの山道の整備に取りかかる。道の両脇の木々の葉が鬱蒼として何やら薄暗く感じられるようになった。殆どがマルバマンサクの木だが、タムシバやウリハダカエデ、ヤマザクラ、ムシカリ、ウワミズザクラなどが生い茂っていて可なりの量の除伐が必要である。
 今日は手始めにおやじ小屋側からマンサクとコナラの枯木などをチェーンソーで切り倒して行ったが、やっぱり草臥れたなあ〜

2009年6月15日(月)曇り
紫陽花の朝

 冬布団をかけて寝たので、重いやら暑いやらで胸苦しくて午前4時半に起きてしまった。昨夜おやじ山から藤沢の自宅に帰って来て、カミさんが「ああ、くたびれたあ〜」と長嘆息をついたあと動かなくなって夏布団を用意してくれなかったからである。
 3月27日に雪のおやじ山に入り、4月中旬と5月末にそれぞれ2日間とんぼ返りで藤沢の自宅に戻って所用を済ませたが、75日程おやじ山で過ごしたことになる。 
一昨日東山ファミリーランドのキャンプ場に張ったテントを撤収した後、ずっとお世話になった管理人のTさんに「長い間ありがとうございました」と挨拶に行くと、「家に帰って何するんですか?あっちにも山があるがかいね?」と言われてしまった。
 サンダルを突っ掛けて久々の庭に下りてみる。まだ夜が明けたばかりの幾分薄暗い梅雨空の下で、猫額の庭を専有してしまったかのようなガクアジサイの花が青白く浮かび上って見えた。
 おやじ山を下りて本当に「家で何するんですかあ〜?」だけど、しばらくは75日間のおやじ山での暮らしをメモを見ながら日記に綴ろうと思っています。
<<3月日記>>に続く