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【最新の更新日は7月14日】<4月28日、30日 日記>
4月17日以降の日記から、従来の思想を変えて、順次「上に追加」します。

2009年4月30日(木)晴れ
おやじ山の春2009(青大将)
 昨日は実家の兄夫婦と一緒に摂田屋の叔母の家に行った。叔父が亡くなり、仏前にお参りに行ったのである。摂田屋は実に懐かしい町で、小学校3年までを、この町を通って小学校に通った。全国的に有名な大きな酒蔵があり醤油の醸造元があり、北越戦争で東軍の長岡藩がここ摂田屋を通って西軍との激戦地、小千谷の朝日山榎峠に向った歴史の町でもある。叔母は兄夫婦と私を迎えて「昨夜はおめさん(お前さん)らに今日会えると思うと、嬉しくて嬉しくて寝らんかったいのお〜」と言った。

 そして今日は、信州から友人のOさんがやって来た。「そろそろ山菜もちょうどいい頃だろうと思って」と、にこにこ顔である。
 Oさんとおやじ山からの帰り、山道の法面で太くてでっかい青大将に出会ってしまった。「ぎゃー!」と大声を出して跳びのいたが、Oさんは平気である。「ちょうど目の高さで、俺のすぐ顔の前にいた!」とドキドキと胸を抑えて言うと、「うっそ〜、2,3メートルは離れてたね」とOさんは事もなげに言った。山主なのに、ヘビだけはダメである。












2009年4月28日(火)晴れ
おやじ山の春2009(春真っ盛り)

 明け方、テントのすぐ脇でキジが「ケ〜ン!ケ〜ン!」と大声で鳴てから「ドロドロドロ」とホロを打った。ずっと下の田んぼでキジが鳴いているのはよく耳にしていたが、こんな近くにオスが来たのは初めてである。

 テントを這い出ると絶好の天気である。しかし気温は5度、ぶるぶると震える寒さだった。
 そして下のテント場を見やると、「おっ!」昨日バイクで来た二人の青年がラジオを大きくかけて6時半のラジオ体操をやっている。ちょっと身体の動きが伴奏と違っているが、今どきの若者でラジオ体操を
真面目にやっている姿など久しく見ていないので、すっかり感心してしまった。後でカミさんがこの二人と炊事場で話していたので、「あの連中、偉かったなあ。ちゃんと誉めてやった?」と聞くと、「あんまり寒いんで、ただデタラメに身体を動かしていただけなんだって・・・」とカミさんは笑っていた。

 午前中は街に下りて燃料調達。ホワイトガソリン8リットル(最近はガソリンの値段が高くなった)、(それで)昔懐かしい「七輪」と炭5キロを買って帰った。
 午後は一人でおやじ山に入ってヤマユリの株を見て回った。昨年ボサ刈りをした広場にはたくさんの太い芽が出て、今年の夏は豪華なユリ畑になりそうである。

 それにしても、今日は春真っ盛りといった一日だった。キャンプ場の八重桜が青空をバックに絢爛と咲き誇り、作業道路脇のカツラの新緑は目にも鮮やか、山肌にはアカイタヤの新芽が周囲から際立って美しく映えている。そして山道のウワミズザクラはまさに満開、道脇では三つ葉アケビの濃い赤紫の花がいっぱいに開いて、早くも初夏の花ノアザミが蕾をつけた。
 そして、カミさんは、一人で黄土まで山菜採りに行ってしまった。すっかり山菜目だけになって、恐らく周囲の美しい野の花々など目に入らないはずである。


 夜も冷えた。昔懐かしい七輪に炭を熾し、暖をとる。

2009年4月27日(月)雨〜曇り
おやじ山の春2009(日本の原風景)
 朝起きておやじ小屋の確認に行った。強風で千切れた木々の若葉が山道に散り敷かれている。
縄で括って留めただけの物置の戸が外れていたが、他には異常は無いようである。

 今日はカミさんと川口温泉に出掛けて、久々にのんびりと湯に浸かった。この温泉の露天風呂からの眺めは大好きで、何度見ても見飽きることはない。ちょうど雨も上がって、川向こうの空が明るくなって来た。手前の川が越後三山や上越国境の山々を源流とする魚野川、その向こう側を流れる川が北アルプスを源流とする千曲川の流れである。そして眼下に見下ろすこの地点で2つの大河が合流して信濃川となり、日本海に注ぐ。その雪解けのたっぷりとした水量で鷹揚として流れ下る川面を眺めていると、「ああ、日本人に生まれて良かった!」とつくづく思ってしまう。明らんで来る雨上がりの空と、淡い緑の里山、河岸段丘に点在する小さな集落、そして銀色に光る大河と水が張られた苗代田んぼ、まさに日本の原風景である。

 夕方キャンプ場に戻ると埼玉ナンバーのバイクが留めてあり、二人の青年がテントを張っていた。珍しいことである。
 夜は手がかじかむ程に冷えた。そして雲がとれて満天の星空となった。
2009年4月26日(日)暴風雨
おやじ山の春2009
 夜中、轟々とした凄い雨風でテントが大きく撓いながら揺れている。外に出るのが億劫だったが、意を決してテントの見回りに出た。そしてびしょ濡れになりながらペグを打ち直したり弛んだロープを張り直してテントに逃げ帰る。
 今日もコンビニで朝食。昼は市立図書館で過ごす。
 気温がどんどん下がり、夜も大荒れの天気。
2009年4月25日(土)雨
おやじ山の春2009(ユーモア)

 天気が荒れ模様で、ガソリンバーナーの火付きの調子も悪いので朝飯を作るのを止め、コンビニまで車で走ってお店の中の飲食コーナーで朝食を摂る。悠久山の麓にあるコンビニだが、近くに大きな室内プールがあり、大学もすぐ傍なのでなかなかはやっている。

 朝食を食べながらぼんやりレジを見ていると、80歳は超えていると思われるおばあさんがレジの前に立った。そして支払いを済ませると財布をレジ台に置いたまま品物だけ持ってスタスタと外に出て行ってしまった。見てて「あれあれ」と思ったがすぐ店員も気付いて、「お客さ〜ん!財布、サイフ〜!」と追いかけて行った。その時のおばあさんの言い草がこうである。「アハハハハ!あんた喋らんで黙ってりゃいいがに・・・」 なる程、ユーモアが健康の素である。

 きょうは雨の一日で、昼は「ごとう(五十)の市」をぶらつき、夜はHさん宅で夕食をご馳走になった。
   

2009年4月24日(金)曇り〜晴れ
おやじ山の春2009(おやじ山花ごよみ-そのU)
 昨日の長岡の気温は9度。小雨模様の寒い一日だったが、ナメコの種駒400個を打ち込んでホダ木を10本ほど作った。うまく育っておやじ山に遊びに来てくれた人たちへの手土産になればと思っている。

 今日は昨夜からの雨も上がって朝食前にのんびり散歩に出た。そこで、この時期のおやじ山の花々について少し書いてみようと思う。

 モノトーンだった山肌が、様々な色合いのモザイク模様となって日一日と浮き出てくる。淡い緑と深緑、薄いオレンジ色から濃い緑へ、そして白とピンクの桜の競演など、まるで早送りの映画のコマを観ているような移り変わりである。
 早春の名花タムシバが散り、オオカメノキ(ムシカリ)もそろそろ花の終期を迎えている。代わって深山ガマズミが白い蕾をつけ始めた。そしてユキグニミツバツツジ(郷里ではクラツツジと呼んでいる)があっと言う間に満開になった。ツツジの二番手ヤマツツジも、蕾が大きく膨らんでポツポツ弾け始めている。ヤマツツジは花期が長く6月上旬まで咲き続けるが、時期が遅くなるにつれて次第に花色が濃くなる。



 マルバアオダモの気品ある白い花房が美しく山道を飾っている。そしてヤマナシとウワミズザクラ(アンニンゴの花)がまるで競うように咲き始めた。


 草花では、イカリソウとオオイワカガミがまさに満開の時期である。そして林床には一面チゴユリの花の絨毯である。このチゴユリの開花も今年はあっと言う間だった。
 越後の山の優先種ミズナラが、若葉を大きく展開して春風にそよいでいる。春の陽光に透けた鮮やかな緑色は、息を呑む美しさである。一方の里山の優先種コナラの若葉は、今だ枝先で白っぽく縮こまったままで、葉の展開は未だ先のようである。



 ここ3日ほどの寒の戻りで春が足踏みしているが、やはり例年よりは春の季節が随分急いているように見える。
 今日はさらにシイタケの種駒を100個ホダ木に打ち込んだ。カミさんは職場放棄したまま一人で山菜山に入っていつまでも戻って来ない。多分、血相変えて親の仇である。
2009年4月22日(水)曇り
おやじ山の春2009(Kさん夫婦の来訪)
 昨夜来の雨も上がって、午前8時半、Kさん夫婦がニコニコとテント場に上がって来た。当初Kさんがおやじ山に来た時に比べるとすっかり山姿も身について、(いつかきのこ狩りに来た時、弁当箱ほどの小っちゃなバスケットを腰に着けてきたことがあって、「え〜っ、こんなカワイイ入れ物で?」とため息をついたことがあったけど)今や全く山慣れしたプロの風采である。古いジーパンをリフォームして作ったという自製の山菜前掛けをキリッと締めた姿などは、ちょっとこちらがタジタジとする気迫である。
 そして例によって、Kさんは「はい、これと、これと、これとお〜・・・」と伊豆の自家菜園で作ったという新鮮無農薬野菜や、今朝同級生のO君がやっているお店に寄って仕入れてきた「こだわりおにぎり」などを持ってきてくれて、何とも有難いことである。
 
 早速皆で山菜採りにおやじ小屋に向った。Kさんのご主人は杉とホオの木に取り付けたヤマガラとフクロウの巣箱に目をやり「おっ、つきましたね」と木の下まで見に行った。2つの巣箱は木工ではプロ級の腕を持つご主人から作っていただいたのである。そして戻って来て、「フクロウの巣箱の取り付けが少し後ろに反っていて上手くないです。巣箱は前のめりに掛けないとダメだといいます」とご指摘を受けた。「そうですか。今度雪が積もって落ちても大丈夫な時、掛け直します」とお答えしたが、この時は後ろに反って掛けた巣箱には雨露が入りやすいからだろう、ぐらいにしか考えなかった。(後日、「なる程!前のめりに巣箱をつけるとはこういう理由だったのか、とつくづく気付かされた。<5月日記>で理由を説明します)
 それから皆で向かいの山菜山の斜面に取り付き、ウド、ウルイ、ヤマブキ、それに出始めのワラビとゼンマイをいくらか収穫しておやじ小屋に戻った。山菜採りの時、小屋の方から大声で挨拶するような声がしていたと思っていたが、果たして山好きのSさんが来ていて、デッキの上に携帯用のバーナーを出して昼食を作っていた。
 
 キャンプ場に戻り、O君が握った「こだわりおにぎり」(具もさることながら、ご飯が実に美味しい)で昼食を摂ってから、収穫した山菜を持ってKさん夫婦が伊豆に帰って行った。

 数日前までの夏日から一転して気温が急に下がり、冷え込んだ夜になった。
 
2009年4月21日(火)曇り〜雨、風強し
おやじ山の春2009(水穴へ)

 早朝、テントの中で何日かぶりの雨音を聞いたが、起きる時刻には上がってしまった。ずっと日照り続きで、まとまった雨が欲しいところである。しかし、低気圧が近づいていて風はかなり強い。

 今日は「友遊小屋」に山小屋開設のちょとしたお祝いの品を届け、「水穴」まで足を伸ばして山菜の出具合を見て来た。広大な山の斜面に茫々と強い風が吹いていたが、水穴はすっかり春の気配で、この場所のコゴミは今が盛期である。ウド、ゼンマイは若干時期が早いようだったが、出始めの柔らかいウドを数本採って、午後3時にはキャンプ場に戻った。

 そして夜は、カミさんと一緒に長岡の街に出て伊豆からやってきたKさん夫婦と食事をした。殿町にある「田なか」というKさんの知り合いのお店で、「これ、どうぞ飲み比べて下さい」とNHK大河ドラマ「天地人」にあやかった「景虎」と「景勝」という2つの銘柄のお酒や山菜の天ぷら、コゴミの和え物など、お店のサービス品が次々出てきて、さすがKさんの顔である。全く楽しい夜のひと時を過ごしてキャンプ場に帰った。

 夜遅く、久々にまとまった雨が来た。これでいくらかおやじ山の山菜にも活気が出そうである。
 




2009年4月20日(月)晴れ
おやじ山の春2009(フクロウの巣箱)

 山でキノコのホダ木を10本ほど作ってから、1度山を下りた。玉伐りしたコナラにキノコの種駒を打つ作業だが、コナラの材はとても固くて、穴あけ用の電動ドライバーの蓄電池がすぐ無くなってしまう。その度に下山して蓄電池の充電である。
 下山のついでにホームセンターまで車を走らせ、シイタケの種駒200個、ナメコの種駒400個、それにフクロウの巣箱を掛けるための引き上げ用のロープ(30m)を買った。
 
 カミさんを引き連れて(お願いして?)再び山に戻った。そしてフクロウの巣箱にロープを絡げ、他方の端を巣箱を掛けるホウノキの枝に回した。釣瓶の要領で巣箱を引揚げて、木の幹に取り付ける算段である。
 とっても難儀した。カミさんと二人でヨイトマケみたいに「セイノ〜!セイノ〜!」とロープを引っ張って、巣箱がてっぺんまで上がったところで、今度は梯子を上って番線の針金で幹に縛り付ける作業である。何しろ高さが1mもある重い大きな箱である。それにホオノキは一抱えもある大木で手を回すのさえ困難である。ましてや下でロープを握り止めているカミさんが腕が疲れてきて、木の上で苦戦している自分にあれこれ口を出すものだから、余計にオロオロしてしまった。
 そして、「やっぱり無理だあ〜。ちょっと作戦変更だなあ〜」と木から降りかけると、「ほら、もう一本上の枝に登れば簡単じゃないの〜」とまたカミさんの声がかかった。「・・・!!」 体操選手じゃなし、こんな所から落ちたら一大事である。普通は「危ないから早く降りていらっしゃい」と優しく言ってくれるのが女房だと思うんだけど・・・。それで俄然、わが闘争心に火がついた。上の枝に手を回して懸垂で登り、ようやく巣箱の取り付けを完了したのである。あ〜あ、傷害保険(死亡保険!)の申請をするはめにならなくて良かった。それにしても・・・・

 今日は山菜採りのM老人と山登りのNさんがおやじ山に来た。お二人とも昨年と変わらずお元気な様子だった。
(写真は後日、Nさんから写していただいたものを掲載しました)

2009年4月19日(日)晴れ
おやじ山の春2009(満開のヤマザクラとギフチョウと別れ)

 9時過ぎ、横浜での用が待っているNさんが一足先に帰った。そして今日はTさん、KOさん、KUさん達やOさんも帰っていく日である。
 今日は再び皆でおやじ小屋まで行って、おみやげの山菜採りをしてもらった。小屋から谷川に下る斜面では満開のヤマザクラである。このヤマザクラはおやじ山自慢の大木で、今年は絢爛と見事な花を咲かせてくれた。
 谷川を越えて向かい山菜山に入り、ちょうど盛期になったコゴミを摘んでもらい、香り高い自慢のヤマブキも皆に採ってもらった。ワラビとウド、木の芽(ミツバアケビの新芽)、ウルイ(オオバギボウシの新芽)なども出始めていて、これらは初物の収穫となった。山菜山の斜面にはスミレサイシンやオオバキスミレの群生が足元に広がっていて、植物好きの皆さんにはあちこちに目が行って誠に忙しかったに違いない。

 Tさん達がキャンプ場から帰る時、階段下に生えているコシノカンアオイにギフチョウがとまってちょうど産卵の最中だった。「まあ〜、これもいいお土産ねえ!」と皆で顔を寄せて”春の女神”の産卵に見入っていた。そして午後3時10分、Tさん達が「Maxとき」に乗って帰って行った。

 それから、Tさん達の荷物を運んで一緒に長岡駅での見送りに加わってくれたOさんとも、一度キャンプ場に戻ってから、下の駐車場で別れた。小さくフォンを鳴らして過ぎ去って行くOさんの車を、カミさんと二人でじっと立ち尽くしたまま見送った。
 一気に寂しくなった。<歓楽極まって哀愁深し>の感である。

2009年4月18日(土)晴れ
おやじ山の春2009(花立峠)

 「おはようございま〜す」と銘々テントから這い出してきて、全員で朝6時半のラジオ体操。やっぱり、気持ちがいい。それから朝食前に、Tさん達を誘って谷川沿いに瞑想の池から堰堤を越え、朝靄が立ち込める黄土沢まで散歩した。ホクリクネコノメソウやスミレサイシン、オオバキスミレ、ナガハシスミレ、それに今が盛の雪椿も、夜露に濡れた花姿を朝日に当てて今日の開花のスタンバイである。
 
 そして今日は、Tさん達を鋸山の花立峠まで案内することにした。標高が高いこの辺りなら雪も残っていて、早春植物が次々と花を咲かせているからである。
 Tさん達がせっかく日本海側の植物を見に神奈川からやって来てくれたというのに、残念、おやじ山自慢のカタクリやキクザキイチゲ、ショウジョウバカマなどは、連日20度超という異常気象で既に花が終わってしまっていた。(できればこれらの花々を是非おやじ山で見せたかった)
 雪が多いいつもの年ならば(ここ3年間は少雪続きだけど)、この時期暑い日照りが続いても、残雪が消えた後から順次新芽が伸びて長い花期が続く。しかしここ数年のおやじ山では、根雪が消えてすっかり地肌が現れた大地に、一気に芽が吹き、花が咲いて、そして一気に終期を迎えてしまう。 これらの早春植物はスプリング・エフェメラル(春のはかない命)と呼ばれているが、それにしても今年などはまさに異常で、連日夏日を思わせるような日差しにハラハラドキドキと開花を見守り、そして「あ・あ・あっ・あ〜っ!!」と叫んでる間に、花が終わって消えてしまった。

 今日は土曜日で天気も良く、登山口は地元のハイカーの車で一杯である。そしてOさんを含めた我々6人は、登山道脇の植物観察をしながら花立峠を目指した。間もなく、ミズバショウの湿地があり、谷川の木橋を渡るとニリンソウに出会い、ちょっと登りが厳しい杉林を抜けるとキクザキイチゲの群落があり、そしてカタクリの咲く登山道脇の斜面でしばらく休憩をとった。
 尾根に出る手前が雪渓になっていて、全員無事ここを登りきって尾根道に出た。オクチョウジザクラが満開である。そして間もなく花立峠に着いて、ここで眼下に広がる越後平野と長岡の街並みを望みながら昼食を摂った。
 Nさんは雪を被ったユキツバキと、残雪の中で幹の周りだけが水揚げで解けたブナ林を見てみたいと言っていたので、半蔵金へ通じる山道を200mほど歩いて真っ白い守門岳が見える場所まで案内した。そして見渡す山々もまだ厚い雪に覆われて、遠くに待望の雪穴に窪んだブナ林が望まれた。(けど、やっぱりNさんは「もっと近くで見ないと・・・」)

 帰りの雪渓で、Tさんがレジ袋を尻に敷いて滑り下った。すっかり童心にかえってキャッキャと笑い声を上げている。(若いなあ〜!) 続いてOさんが滑り下りる。そして、「おお、冷て・・・」と背中に入った雪を掻き出していた。
 そしてやはりワイワイと花談義に沸きながら(途中、ここでは珍しいスミレを見つけた。KUさんからノジスミレと教えていただいた)ゆっくりと山道を下った。
 










2009年4月17日(金)曇り
おやじ山の春2009(先客万来)

 一度藤沢の自宅に帰って、2日前に再びおやじ山に戻った。
そしてこれからは、毎年お世話になっている麓のキャンプ場にテントを張っての生活である。いよいよ山菜採りの盛期を迎え、親の仇でも討つほどの鼻息でカミさんもやって来たし、嬉しいことにすっかりおやじ山贔屓になって下さった友人達も訪れてくれるからである。

 
そして今日は、信州の信濃大町から友人のOさんが、そして神奈川からは森林インストラクターの仲間の人たちが友人達を連れてキャンプに来てくれる。ちょうど昨夜来の雨が上がって、朝早く自然観察林内の谷川沿いを散歩したが、日本海要素のスミレサイシンやオオバキスミレがちょうど見頃で、遙々遠くから来てくれるスミレ好きのNさんにも喜んでもらえそうである。
 
 先ず、Oさんが朝8時に「おはようございます!」と大声でテント場やって来て、10時に長岡市役所のTさんとSさんの来訪があった。実はここの自然観察林を所管するSさんにギフチョウの保護について相談していて、今日は上司のTさんと一緒に来られたのである。
 そして12時、長岡駅で大きなリュックを背負ってニコニコと改札口を出てくる一行を出迎えた。神奈川からやって来たTさん、Nさん、KOさん、KUさん達である。
 
 Tさん達のテントの設営が終わってから、皆で沿道の植物観察をしながらおやじ小屋まで行った。さすが植物観察のプロ連中で、途中立ち止まっては「ジィ・・・」、また立ち止まっては「ジィ・・・」、そしてルーペを取り出して葉っぱを覗き込んでは、「あっ、ここに少し毛が生えて・・・」などと、今度は手持ちの植物図鑑を開いて仔細に調べ始めたりするものだから、全くいつ小屋に辿り着けるか気が気でなかった。
 
 晴れ女の人達ばかりが集まったようで、星が瞬く夜空となった。こんな星空を眺めながら、久々に賑やかな春の宴となった。

2009年4月1日(水)曇り〜雨
おやじ山の春2009(大小の巣箱)
 「コンコンコンコン・・・・」と忙しく木をつつく音で目を覚ました。「まあ、朝早くからご苦労さんです」と、てっきりコゲラのドラミングだと思って外に出てみると、何と杉の木に掛けた巣箱の穴をヤマガラが嘴でつついて間尺の調整中である。中が空洞の木箱を叩くものだから、意外に大きな音が響き渡る。シジュウガラとの争奪戦はヤマガラに軍配が上がったようで、ドラミングの音響も何やら誇らしげである。
 伊豆のKさんに作っていただいた巣箱の口径は、シジュウカラ用に2.8pにしてある。ヤマガラの体長とて似たり寄ったりだから、寸法直しというよりは、これから迎える花嫁が滑らかにス〜と巣箱に入れるようにとのオスの気配り(狡賢さ?)かも知れない。
 
 小屋下の谷川まで下り、フキノトウを摘みながら川沿いを歩いてみると、スミレの仲間では最初に咲くアオイスミレが目に留り、スミレサイシンやホクリクネコノメソウも花姿を見せ始めた。そして早春花の定番は、トップのショウジョウバカマ、2番手がカタクリ、次いでキクザキイチゲの順で、いずれも先月の名残雪で寒そうに咲いていた。

 今日は、これもKさんに作っていただいた口径15cmのフクロウの巣箱を、小屋から少し下ったホオの木に取り付けようと奮闘した。何しろ底板は40cm四方、高さは背板で1m近くある。それに可なり重いのである。ホオの木の高枝に荒縄を掛けて、ツルベの要領で引上げて取り付けようとしたが、とても一人では手に負えず今日は断念した。

 午後は1段目杉林の枝打ちの残骸の片付けをした。山と積んだ打ち枝の下にキクザキイチゲの群落があったからである。今更手遅れだけど、来年はしっかり生き返って欲しいものである。
 午後3時半、雨が強くなって作業を切り上げ小屋に逃げ込んだ。
 

2009年4月2日(木)曇り
おやじ山の春2009(いいお母さんになりたい)
 昨夜来の雨は上がったが、まったく凍えるような朝である。昨夜は外のデッキに張ったテントの中で寝たが、ラジオは全国的な寒さだと告げている。しかし今朝もヤマガラが「コンコンコンコン・・・・」と忙しく巣箱をつついて、新居の仕上げに余念が無い。

 小屋に入って囲炉裏に火を焚き、朝飯を食った後もグズグズと山仕事に出ないでラジオを聞いていた。食器洗いに池の脇にある貯水樽の水栓を抜くと、まるで手が切れるほどの冷たさで、これですっかり戦闘意欲を失ってしまった。

 朝のNHKラジオが「ラジオビタミン」(まあ、この放送を聴いて元気になってください、との意味か?)という番組になって、群馬県の片品村に住み付いて農業をやっているという人がゲスト出演した。桐山三智子さんという若い女性で、5年前までは渋谷で雑貨店の店員をやっていたが、ひょんなことで片品村のペンションに住み込んで働き始めたのがきっかけだと言う。
 初めは聞くともなしに聞いていたが、アナウンサーのインタビューにニコニコと答えている話の内容が、余りにも真っ直ぐな、微塵も汚れが感じられない素直さというか、大げさに言えば天使のような清純無垢な響きがあって、全く心を打たれてしまった

 曰く、「私と一緒にクタクタに疲れるまで農作業をしていた農家のお母さんが、仕事が終わってから夕食を作って、そして笑顔で私を食事に呼んでくれるんですよ。これって、凄い事じゃないですか!こんな素敵な農家のお母さんみたいに、私もなりたいって・・・」 「ほら、<食>という字、<人>を<良>くするって書くじゃないですか。私、片品村の農家のお母さんが作ってくれた食事を食べて、東京にいた時のアトピーが直ぐ治ったんです」 「今、お手伝いで炭焼いてます。炭焼きのおじいさんがいて、そのおじいさんがチェーンソー持って木を伐っているのを見ると、カッコ良くて、その伐った木が真っ黒い炭になるんですよ!驚くじゃないですか!」
 ああ、今や全く資格も何もないけど、昔に戻ってこんな女性と・・・と思わず呻いたほどである。
 
 それで勇躍!たかが水の冷たさで戦闘意欲など失ってはいられないと、愛機ハスクバーナを鷲掴んで小屋を飛び出た。昨年倒れたコナラの大木の整理である。2月に太い枝を1本伐り落としたが、その玉伐り作業が残っていた。そして玉伐った15本ほどの丸太を斜面から平地に運び上げたが、桐山三智子さんが見ていてくれるわけでもなし、とってもカッコ悪く、ヘトヘトに疲れてしまった。

 夕食にフキノトウのアルミホイール焼きを作った。実に、苦かった。片品村の農家のお母さんの手料理にはほど遠い、おやじ山で暮らす苦い(苦み走った!♪)男の味である。





2009年4月3日(金)曇り〜晴れ
おやじ山の春2009(春到来)
 早朝の曇り空がどんどん開けて、朝飯を食い終わった頃には山菜山の峰から眩い朝日が差し込んで来た。今まで降った雪も今日の陽差しですっかり解けてしまうだろう。 3日前から耳にしたウグイスの鳴き声が、今朝はまた一段と大きく山にこだましている。

  春来ぬと人は言えども鶯の鳴かぬ限りはあらじとも思う (古今和歌集)

 巣箱の手入れを終えたヤマガラも、せっせと枯葉を口に咥えて巣作りを始めた。春が、来た!

 それで喜んだわけではないが、歯が抜けた(抜いた)。昨晩の夕飯でシイタケのホダ木に生えていたキノコを焼いて食ったが、固い石づきを齧って歯が1本グラッときた。そこに追い討ちをかけて、今朝炊いた飯のおこげを食って、ひぃ〜!と飛び上がるほど痛んだ。そこで、もうこの歯は生やしておいて無駄だな、と口の中に手を入れてぎゅっと目を瞑って引き抜いた。ドッと血が出たけど、何となく子どもの頃の懐かしい血の匂いである。

 午前中はせっかくの良い天気なので、三ノ峠山から「友遊小屋」まで行って来た。おやじ小屋から東の尾根を登って谷の源流部でフキノトウを20個ほど収穫してから峰に出た。千本ブナの回りも登山愛好家の人たちが綺麗に刈ってくれて見晴らしを良くしてある。
 昨年秋に愛好家の人たちが建てた「友遊小屋」では、5人ほどの人たちがせっせと敷地の整備をしていた。「どうぞどうぞ・・・」と声をかけられて小屋に入ると、全くプロ仕様の立派な造りである。長岡の街並みが広い窓から一望できて、三ノ峠の山歩きの楽しみがまた増えた。先日の雪で白く化粧した里の風景も、今日は柔らかな春の装いである。

 午後はチェーンソーと刈払機を使っておやじ山の手入れをした。将来、おやじ山の森の遊歩道を作る基盤づくりである。しかし、今回は今日でエンジン機器を使うのは最後にした。今年もサシバに是非ここで巣作りをしてもらいたいからである。果たしてまた来てくれるだろうか?
 
2009年4月4日(土)曇り〜雨
おやじ山の春2009(サシバ飛来)
 待望のサシバがおやじ山に来た!
 4段目の杉林の枝打ちを午前中から始めて午後3時過ぎまで15本ほど打ち終え、一息ついて、ドラム缶風呂が置いてある作業小屋の中で道具の整理をしていると、突然大きな鳥が超低空で自分の脇をすり抜け、おやじ池の真上を滑るように通過して杉林の上に留った。「サシバだ!」と叫んで、しゃがみ込んでいた身体をそのまま上半身だけぎゅ〜と絞るように後ろ向きにして見送った。
 サシバをこんな間近で見たのは初めてで、羽を広げた姿は意外と大きい。後で野鳥図鑑で調べてみると、サシバの翼開長は100〜110pと書いてあった。嬉しかった! このままおやじ山に居ついてくれることを祈る。
2009年4月5日(日)曇り〜晴れ
おやじ山の春2009(買出し)
 町に買出しに下りる。炭5キロ、ホワイトガソリン4リットル、日本酒、発泡酒、醤油、砂糖、酢、餅、納豆・・・(他にもいろいろ買ったけど、「ああ、おやじ小屋の小屋主さんはこんな貧しい物を・・・」と思われてもいけないので、これ以上書くのを止めます) それから奮発してColemanの45リットルクーラーを買った。ビールを冷やすためではなく、備蓄食料の収納庫代わりである。
 おやじ山に戻る前に、麓の自然観察林を覗いてみる。谷川にミズバショウが咲き、川縁には綺麗なキクザキイチゲの群落があった。

2009年4月6日(月)晴れ
おやじ山の春2009(朝風呂とギフチョウ初見)
 朝、寝袋を這い出て、キーンと冷えた空気に思わず身震いする。放射冷却の朝で、ラジオは日中の気温は15℃まで上がると言っている。顔を洗いに池に行くと、クロサンショウウオの卵嚢が増えていて、今年2度目の産卵があったようである。クロサンショウウオは水温が9℃まで下がると産卵する、とどこかで聞いたか読んだかの記憶がある。

 こんな朝はドラム缶風呂に限ると、杉の枯葉を集めて火を焚いた。東京ではソメイヨシノが満開というが、ドラム缶風呂に入りながら朝の陽ざしに透けたオクチョウジザクラの花びらを眺めているのは、全く至福と言うほかない。朝飯前の空腹時にのんびり湯に浸かったものだから、上がったらグッタリ湯疲れしてしまった。

 遅い朝食後、毎年お世話になっているキャンプ場の管理人さんたちにご挨拶しようと、事務所のあるスキー場ロッジまで下った。途中の山道では、今年初めてのギフチョウが4頭も5頭もヒラヒラと舞って、おやじ山はすっかり春である。そして「瞑想の池」の上空では、頻りにサシバが「キッス・ミー・・・キッス・ミー・・・」と鳴いていた。

 因みに今頃の花々の様子は、ショウジョウバカマ、カタクリ、キクザキイチゲはまさに満開、雪椿は5分咲きの見頃、花木のタムシバは春の陽ざしに焦れたように蕾を膨らませている。

 今日の山仕事は、5段目の杉林の枝打ち12本。腕の筋肉が長湯でふやけて、力が出なかった。
2009年4月7日(火)晴れ
おやじ山の春2009(訪問者)
 朝6時前から、小屋周りの杉の枯葉を集めて焚き火をした。今日も気温が上がりそうで(夕方の天気情報では、中越地方は16.7度まで気温が上がったという)、乾燥した枯葉に火が点いて山火事が起きるのを防ぐための焚き火である。
 7時頃だっただろうか?杖をついてひょっこり麓の村のFさんがやって来た。「煙が見えたすけ、おめさんが来て居なさるなあと・・・」と、曲がった腰を伸ばして口を大きく開けて笑った。Fさんは80・・・4か5か、確かそれくらいだが、杖を置いて山菜採りに入れば、それこそどっさりと荒縄で括った山菜袋を背負って山を下りて来る。今日は、コゴメの様子を見に来たのだと言う。そしてひとしきり四方山話しをしてから、谷川に下りて行った。

 午前中は自然観察林までぶらぶら歩きながらバードウォッチング。途中の山道で今日始めてナガハシスミレの花を見つけた。そしてムシカリ(オオカメノキ)の蕾がようやく弾けて白い花が咲き、冬枯れていた山の斜面にブナの新葉が萌黄色に展開し、アブラチャンの黄色い花が春の陽に輝いていた。

 午後は5段目の杉林の枝打ち。午後4時過ぎだっただろうか、杉の木に掛けた梯子の上から、「ピックィー! ピックィー!」と鳴きながら求愛飛行を続けるサシバのペアが望まれた。それを潮に梯子を下りて仕事を止めた。

 夜は、煌々と満月が照った。まるで昼のような月明りである。ダイアログ・イン・ザ・ダーク(暗闇体験)というのがあるそうだが、こんな月光のもとでは、おやじ小屋のランプの灯りでさえ眩く感じてしまうのである。














2009年4月9日(木)晴れ
おやじ山の春2009(コゴミの初物)
 次兄と「水穴」に行った。今年初めての山菜採りである。「この場所に入るのは、多分今年は俺達が初めてだなあ〜」と兄は言っていたが、まだ山菜シーズンには大分時期が早い。それでもこの広大な山菜場所は、兄に言わせると『自分家の庭』のようにピンポイントで熟知していて、その通り、兄の後について歩くと太くて柔らかいコゴミがどっさり採れた。
 水穴からの帰りも三ノ峠山の頂上を経由し、「友遊小屋」にも寄って作業をしていた会の人達とあれこれ会話をしてから、おやじ小屋に戻った。

 見晴らし広場まで兄を送ってから、自分も町に下りることにした。そして初物のコゴミを実家に届け、伊豆のKさんにも宅配便で送った。

 昼の気温は20度まで上がって、長岡市内の桜は5分咲きになった。そして夜は正真正銘の満月の夜となった。









2009年4月10日(金)晴れ
おやじ山の春2009(土間造り)
 朝6時、早々とAさんが山菜採りに来た。「早いなあ〜」と今年の初挨拶をすると、「まあ、ちょっと山の様子を見に来ただけらて・・・」とAさんは照れたように言った。小屋の中に招き入れて2人でお茶を飲みながら1時間ほどよもやま話をした。
 Aさんが谷川に下りて行くのを見送ってから、自分も持ち山の中を歩いてみる。裏山や「カタクリの丘」と名づけた台地のカタクリが一斉に咲き誇って、まさにピンクの絨毯を敷き詰めたようである。ここ数日間夏のような日差しが続いて、今日がおやじ山のカタクリのピークかも知れない。

 今日からおやじ小屋の本格的な土間造りに着手した。今までの床はそのまま粘土を突き固めただけだったが、土に荒塩を撒いて湿気を吸い上げて、さらにはセメントの粉を混ぜて突き固めるといい土間に仕上がると聞いたからである。
 それで先ず、小屋の中に敷いてある床板や道具箱を外に出したり、ついでにあちこちガラクタを動かしてレイアウトを変更したりして、ようやく土間の4分の1ほどに荒塩を撒いて突き固めた。

 午後、5人グループの登山者が山に入って来た。皆初めて見る顔で、「ここにこんな山小屋があるとは知りませんでした!」と先方もビックリしている。そして「いいですかあ〜?」と小屋の中を覗き込んだりおやじ池を見たりしているので、5人を裏山とカタクリの丘に案内した。そして皆さんの評価は、「今夜、夢を見そう!」だった。長岡のどのカタクリの群生地より素敵です!とも言って下さった。(ホント、自分自身もそう思ってます)
 
 ラジオは、長岡の気温は今年最高の23度まで上がったと報じた。一気にユキツバキが満開となり、タムシバが咲きイカリソウの蕾が弾けた。

 そしてセッセと巣箱の体裁を整えたヤマガラのオスが巣箱の入口で、近くの枝まで来たメスを一生懸命誘うのだが、残念、逃げられてしまった。ずっと見ていたけど、メスに逃げられてしまったオスのガックリ落ち込んだ気持ちが、何となくその後のぎこちない仕草から伝わってくるようで、思わず笑ってしまった。誠に、動物のオスはすべからく純情なのである。

 それにしても、こんなに夏のような気候が続いて、大切な春の季節がどんどん過ぎ去って行くのが惜しくてたまらない。一体この地球はどうなってしまったんだろう?
 
2009年4月12日(日)晴れ
おやじ山の春2009(野々海高原と千曲川−春光る)
 朝5時、夜中「ゴロスケホッホ」と低く鳴いていたフクロウの声が止み、代わって「ピックィ〜ッ!ピックィ〜ッ!」とサシバが高音で鳴いて、それから「ホ〜ホケキョ!」とウグイスがけたたましく囀った。さらに枕元で聴いていたNHKラジオが「野鳥の○○」という番組になって、青ゲラの「ピョ〜・ピョ〜!」の鳴き声を流したものだから、頭の中が野鳥の声だらけになって寝袋の巣を這い出た。

 今日、一度藤沢の自宅に帰ることにした。
 信濃川沿いの国道117号線を車で走って、途中「道の駅栄」で休憩、店の中をぶらぶら見て回ると、懐かしや、「テゴ」が目に付いた。(テゴ:藁で編んだ手籠。「手かご」がなまってテゴ?手伝い、手助け、という意もある)自分の懐具合ではちょっと高い値段がついていて、何回も手に取っては悩んだ末、買った!
 昨年の秋には見事な紅葉に染まっていた野々海高原にも寄り道した。終点の湖までは道が開いていなかったが、トレッキングスキーのシュプールがついた高原の雪原が眩しく輝いていた。
 そして、おやじ山の往復ではいつも立ち寄る「湯滝温泉」の露天風呂に浸った。洗い場の岩の上に立つと、眼下に川縁の桜並木と春の陽ざしにキラキラと波立つ千曲川の雪解け水の風景が、「ああ、千昌夫の<北国の春>だあ!」と、思わず声を上げそうになった。

(そして、3日後の4月15日、再びおやじ山に向った)

15日以降の日記は、「最上段」に掲載します。
2009年4月14日(火)曇り〜雨
おやじ山花ごよみ(駆け足の春 - その1)
3月27日におやじ山に入り、4月12日まで小屋で過ごして一度山を下りた。その間のおやじ山の花々の移ろいを書いてみようと思う。

 山入りの当初は「寒の戻り」で、3月26日の夜からの雪が29日まで断続的に降り、おやじ山では15cmほどの積雪となった。
 この時期はマルバマンサクの花がそろそろ終わり、代わってオクチョウジザクラが淡い雪山の斜面を飾り始める。マンサクの花は「満咲く」とも書くが、隔年で花が多かったり少なかったりする。そして今年は、錦糸卵のようなマンサクの花びらは残念外れ年である。

 そしてこの間、早春の草花では、雪解け跡の斜面にショウジョウバカマがいの一番に咲き出したがカタクリの花は春の雪にビックリしたかのように固い蕾を閉ざしたままだった。ショウジョウバカマの郷里での方言は「雨降り草」、カタクリの方言名は「カタコ」である。
 しかしおやじ山の花に劣らず美しかったのは、木々の枝に積もった雪が昼の日差しに解けて舞い落ちる瞬間のダイヤモンドダストである。まるで砕いた宝石を空一杯にばら撒いたような光景は、まさに息を呑む美しさである。



4月1日にキクザキイチゲが咲き始めた。この花の学名<Anemone altaica>はギリシャ語<anemos>(風の娘)から来ていると言われ、野にしゃがみ込んでこの花に顔を近づけると、なる程、春の微風に白い花びらがピリピリと震えているのが分かる。この花の郷里での方言名は「男カタコ」である。カタクリの花のピンク色を女性に、キクザキイチゲの白を男性に見立てた呼び名である。
 そして4月に入るとスミレが咲き始めた。スミレでは一番早咲きのアオイスミレが咲いて、続いて日本海要素で花が大きなスミレサイシンが咲く。

 4月4日、待望のサシバがおやじ山に「キッス・ミー」と鳴きながら飛来した。おやじ小屋の脇にある作業小屋でしゃがみ込んで仕事をしていた直ぐ頭の上を、サシバが低空で飛行して杉林の上に止った。サシバが帰って来てくれて本当に嬉しかった。
 4月5日から気温が上がり始め、東京の桜が満開になったという4月6日は、おやじ山の気温も15度まで上がって、春の女神ギフチョウの初見である。暖かい春の日差しを浴びながら見晴らし広場まで散歩したが、山道の途中、ヒラヒラヒラヒラと4頭も5頭も足元に纏わり着くようにして飛翔する姿は、まさに春の使者である。ギフチョウは環境省の絶滅危惧U種、新潟県では準絶滅危惧種である。大切に保護したい貴重な蝶である。
 そして4月6日のこの日、おやじ山は野の花々の百花繚乱となった。ショウジョウバカマ、カタクリ、キクザキイチゲが満開となり、ユキツバキもまだ慎ましやかだが5分咲きくらいとなり、オクチョウジザクラも一杯に花開いて最後の栄華を誇るかのようだった。そしておやじ山の春を告げる名花タムシバが純白の蕾をつけた。



 4月7日、ナガハシスミレが咲き出した。この花も雪の多い日本海側に咲くスミレで、距が長いことから「長嘴スミレ」、別名で「テングスミレ」である。
 そして4月9日から12日までは気温が20度以上まで上昇し、まるで夏の季節に入ったようだった。
 4月9日にはイカリソウが咲き、マキノスミレも特徴ある葉の白い葉脈を際立たせて山道のあちこちに咲き出した。春の山菜コゴミも初物が採れ、実家や親しい友人にも届ける事ができた。
 おやじ山自慢の「カタクリの丘」は、暑いほどの日差しに花びらが精一杯に反り返ってイナバウアーのオンパレードである。



 そしてこの間にユキツバキが満開となった。ことしのユキツバキは実に見事である。ここ数年来の当り年といっていい。毎年無造作に下刈りで切り倒していたユキツバキも、今年の花を見て改めて見直してしまった。

 4月12日、麓の悠久山の桜が満開になった。長岡市民にとっては昔からの桜の名所で、この日も「悠久山さくら祭り」で賑わっていた。おやじ山の花々もスプリングエフェメラルの草花から木々に咲く花に移りつつある。今、冬枯れの茶色い山肌に純白のタムシバが満開で、見事なアクセントでしっかり存在感を示し、木々の緑も急ピッチで色を濃くしてきている。まさに春が駆け足でやって来ている。