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2010年12月20日(月)晴
植物観察会
 先月、おやじ小屋の雪囲いから帰ってきて以来、殆ど外出もせずに自宅に閉じ籠っていた。
それですっかり体がなまってしまって、いわば体力トレーニングのつもりで先週の日曜日と昨日の日曜日、2週続けて森林インストラクター神奈川会主催の野外観察会に参加した。

 先週は横浜市にある「氷取沢市民の森・円海山」の植物観察会で、午前10時から午後3時まで、地元にお住まいのKさんの丁寧な説明を聞きながらのんびりと歩いた。
 穏やかな冬陽を浴びながら氷取沢バス停から広い農園地帯をゆっくりと歩き、氷取沢市民の森に入って円海山まで来ると、遠くに箱根の山とその奥には雪を被った白い富士山がうっすらと望まれた。
 Kさんから勧められて、冬枯れたヌルデの実を齧ってみたら適度な塩気があって、ひょっとしてビールのつまみに合うのではないかと思ったり、椿の花芽の特異な付き方を教わったりと、たくさんの新しい知識を得る事もできた。

 そして昨日は、これも横浜市(旭区)にある「県立四季の森公園」での植物観察会だった。一般市民を対象とした毎月シリーズで開催している自然観察会で、この日はNさんが講師を務める「植物の様々な生存戦略」と題する樹木の冬芽や草木の種子にまつわる勉強会だった。
 ウサギそっくりに見えるオニグルミの冬芽と葉痕をルーぺで覗いたり、セイヨウタンポポの種子やコナラのドングリの生存戦略を興味深く聞いたりと、さすが手馴れたNさんたちの説明にすっかり感心してしまった。

 まるで子どもみたいだが、先月から口内炎が2箇所、3箇所と出来て、喋れば痛くて「アヒャ、フヒャ」、物を食べれば沁みて「アチチ、イテテ」で全く往生している。それで夜は痛沁みるのを我慢して必死にビールや日本酒でアルコール消毒をしているのだが、家人からは「これじゃあ、ビタミンCも全部分解されて治るわけないわね」と蔑まれている。
 
 この口内炎による体の不調が閉じ籠りを招いている、と自己分析した結果、今回の植物観察会参加を皮切りに明日からは戸外での体力づくりに大いに励む決意をした。さすれば口内炎も・・・と願う。
2010年12月21日(火)曇り
謙虚ということ
 この秋、おやじ山での滞在中に再読しようと持参したヘンリー・D・ソロー著「ウォールデン森の生活」を、山から帰ってきてからも読み続けている。
 この著書はソローが1845年7月から約2年間、アメリカのマサチューセッツ州コンコードにあるウォールデン池のほとりに簡素な家を自分で建て、森の中でたった一人、自給自足の生活を実践した時の記録である。
 そしてこの本は、コンコードの森に生きる動物や植物、ウォールデン池に棲む魚や水生昆虫を詳述した博物誌であり、自然の美しい描写は詩集のようでもある。さらにこの本には深い自己洞察と鋭い批判があり、人が生きるための哲学書とも呼べるようである。

 急いで読み進むのが何故かもったいない気がして、毎日少しずつ惜しむように読み継いでいる。すると各所でコンコードの森がおやじ山の風景と重なって、「ああ、またおやじ山に入りたい」と焦がれるような気持ちになってしまう。

 以下は先日読んだ「第六章 訪問者たち」の文章からの抜粋である。ソローの小屋を訪ねて来た様々の人たちの記述の一部である。

【旅人の中には不思議な人たちがいて、私は幸運を分けてもらいました。救貧院などの施設から知恵の遅れた人が私を訪ねてくれました。農場の”柵係”として、牛と自分が柵からさまよい出ないように見張る仕事をしていました。
その彼が私を訪ねて、私のように生きたいと言いました。彼はまた、謙虚さを超えた、何と言えばよいのか、もっと違う何かなのか、判断をつきかねる何かをもって、こう言いました。
「私は”知力に欠けたところがある”のです」と。主はそのように私を創られた。それでも、主は私を他の人と同じように気にかけてくださる、と彼は考えていました。「私はずっとそうでした」と言いました。「私には十分な知力がありません。他の子どものようではありませんでした。それは主の意思であると私は思っています」。
そして私の目の前に、彼の言葉が真実であることを証明する彼がいました。私には彼は哲学的な謎でした。私は彼ほど現実を見据えて、未来を見る人に会ったことがありません。
彼の言うことは、全て単純明快で裏がなく、誠実で、本当でした。彼が謙虚に言えば言うほど、言う内容も本当だと納得できました。これらすべてが私には理解できなくても、物事を深く考えてきた彼の賢明さの現れでした。
この貧者が到達した正しさと率直さを基礎に据えれば、私たちの交わりを、賢人の交わりを超えた良い地点へと進めることができます。】

自身を謙虚にして、真っ直ぐに人と向き合うことの大切さを教えられた一文である。
 
2010年12月22日(水)晴、冬至
森の中の天才
 随分暖かい冬至を迎えた。明日からは日が少しずつ長くなると思うと嬉しい。
 珍しく朝早く起きて雨上がりのアスファルト道路をジョギングした。新年正月明けからの森林調査に備え、坂道を駆け上るトレーニングをしたが、三日坊主に終わらないように祈る。

 昨日と同じ「ウォールデン 森の生活」<訪問者たち>の文章から、ソローの小屋を訪ねてきた一人の若者(28歳)の紹介である。

【今朝、私を訪れたのは、ホメロスそっくり、もしくはパプラゴニア人(訳者注:生っ粋の森の人という意味)といった面持ちのカナダ人です。仕事はきこりと杭作りで、1日50本の杭を作り、それを立てて柵にする穴を掘ります。
彼は名人級の斧の使い手で、斧使いの技に楽しみと美しさを添えました。そして森の木々を眺め渡して、こう言いました。「まったく!森で木を切っていれば、いくらでも楽しめるんです。ほかに楽しみや遊びなんていりません」
彼は農事暦と算数の本と、合わせて二冊の本しか持っていません。(しかし)彼は、今日の諸問題のすべてにわたって簡潔で要を得た光を当てて見せました。彼には、目立たないとはいえ、優れた独創性がありました。
彼は言葉にならず、適切に表現することはできなくても、人に伝える価値のある考えを内に持っていました。それらの考えは、彼の自然な暮らしから生まれたもので、他から学んだ考えと違って、独自であるがゆえに原始的で、発展の可能性がありました。人に言うほど考えを練るとなると、時々しかできなくて当然です。
彼は貧しい暮らしゆえに無学で目立とうとしない層の人々の中に、天才がいることを証明していました。天才は決して独自のものの見方をし、何ごともわかったようには言いません。ウォールデン池のように、深く、暗く、限りがありません。】

 今朝、小さい自転車に跨って全国を放浪中のMさんから写真添付の携帯メールが入った。
<昨夜は明石海峡大橋の公園で泊りました。これから岡山→鳥取→島根→広島→香川→徳島→高知です。元旦は高知の桂浜で初日を見る予定です>とある。元旦までのあと11日間で中国、四国地方を巡って高知の桂浜とは!
Mさんひょっとしたら、平成の龍馬の気分になっているのかも・・・。
2010年12月30日(木)曇り
ホッと一息

 いよいよ明日の大晦日で2010年も終わる。
今日もカミさんに狭い家の中をバタバタと追い立てられるようにして過ごして、先ほどやっと一息ついた。何とか恒例の大掃除らしきものも済み、それに今年は義母が他界したため、服喪中ということで年賀状書きもない。「
やれやれ」とホッとしたところである。

 今冬はおやじ山の雪が多そうだと予想していたが、麓の長岡市営スキー場の積雪をインターネットで調べてみると今日現在で60cmと意外に少ない。しかし明日の大晦日と元旦は大雪の予報で、「38豪雪」の時のようにならないかとちょっと心配である。(昭和38年12月31日には午後からのわずか数時間で1m以上もの雪が積もった)

 さて自転車で全国行脚中のMさんは今どの辺に居るかと携帯メールを入れてみた。
 返事が来て<お疲れ様です。只今、高知/奈半利です。明日は高知市内に入り桂浜近くでキャンプです!元旦の天気は悪く、初日の出は厳しいようです>とあった。平成の龍馬はいよいよ高知入りして頑張っているようである。
 

2010年12月31日(金)晴
のっぺ汁

 今年もあと7時間、2010年の大晦日である。

 カミさんが買物に出て行って、「さて俺は何を?」と考えて越後の郷土料理「のっぺ汁」を作ってみた。
関流のっぺ汁の作り方は凡そ次ぎの手順である。

 この秋おやじ山で収穫して塩漬け保存していた雑きのこを大量に取り出して冷水で塩抜きする。(正月の雑煮用に昨日から水にさらしていたのを借用した)それから干し椎茸も水にうるかして(ひょっとして方言かも知れない)事前準備をする。
 先ずは里芋の皮むきである。のっぺ汁のとろみは片栗粉などは使わずこの里芋で自然のとろみを出すので多めに皮をむく。
 大きめの鍋に貝柱を汁と一緒に入れ、干し椎茸の戻し汁も入れて水を加えてさいの目切りにした里芋、人参、更には大量の雑きのこ、椎茸、ちくわ、なると、蒲鉾、そして最後にコンニャクとしみ豆腐、ギンナンを放り込んでもう一煮込みさせ、はい出来上がりである。そうそう味付けは貝柱と干し椎茸の戻し汁をベースに酒、醤油と少々の塩。火を止める前に青物のサヤエンドウなどを添えれば更に食欲をそそること請け合いである。おわんに盛ったらイクラを上に載せて食べる。
 のっぺ汁は汁物料理なのに冷めてから食べる稀有の料理である。(勿論温かいうちに食べても美味い)

 男の料理を終えて、机の前でこの一年を振り返ってみる。
 おやじ山ではいよいよ今年から本格的な山づくりが始動した年だった。昨年まではおやじ小屋の修復に手が掛かっていて、正直言って外の山にしっかり目が届く余裕が無かった。
 頭の中では、この森をこうして、あの丘をこうして、この池は・・・と夢が一杯である。

 今日、ソローの「森の生活」<第17章 春>を読んだ。そこにはこう書いてあった。
『森で暮らしたらどんなに楽しいだろう、と私が夢を描いた理由のひとつは、そうすれば春がやってくるのを知る、豊かで確かな機会と自由で贅沢な時間を持てることでした』

 皆さん、今年一年間ありがとうございました。また来年「おやじ小屋から」をよろしくお願いします。
 どうか良いお年を・・・