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最後のページは6月15日(トップの6月18日の下のページから「おやじ山の初夏2008」6月7日〜
からの日記になります。ややこしくてスミマセン。

2008年6月18日(水)曇り
カラスの鳴き声

 「カァカァカァ!」とうるさく鳴くカラスの声で目が覚めた。「そうか、ここは藤沢の自宅だったか」と何となく納得する。「今までは<ホ〜〜・ホケキョ!>と<トッキョキョカキョク!トッキョキョカキョク!>で目を覚ましていたのになあ〜」と、もうおやじ山が恋しい気分である。
 一昨日の夜中に長岡のおやじ山から藤沢の自宅に戻った。4月22日に山に入り、6月15日の朝、おやじ小屋に行って大声で「ありがとうございました!」と挨拶して山を下った。55日間おやじ山で過ごしたことになる。
 今回も家族をはじめたくさんの友人達がおやじ山に来てくれた。いつものOさんやKさんFさんが信州や伊豆や横浜から「おやじ山を荒らしに来たよ〜」とニコニコ訪ねて来たし、麓の町からは84歳になったFさんやAさん、Mさんという山菜採りの大ベテラン達がおやじ小屋に寄っては「あそこのウドはどうの、こっちのワラビはどうの」といろいろな山情報を教えてくれた。高校の大先輩(旧長岡中学)のEさんにも山で再びお会いした。おやじ山でいつのも人達と再会し、そしてまた新しい人達と出会えるのは本当に楽しく嬉しいものだとつくづく思うのである。とりわけ今回は神奈川県の森林インストラクター6名の仲間の皆さんがおやじ山にやって来てくれた。わいわい冗談を言いながら植物観察をしたり、初夏のような日差しが降り注ぐキャンプ場で皆で車座になってビールを飲み山菜を食べたりして、本当に楽しかったなあ。
 昨日は丸一日、車からキャンプ道具を下ろして片付けたり、どっさり溜まった郵便物(納税通知書やカードの請求書が殆どだった)を憎たらしくチェックしたりして時間が過ぎた。そして今、ようやく少し落ち着いてパソコンと向き合っている。連日の山での肉体労働から解放されて少しホッとしたようでもあり、やっぱりまたすぐにでも山に帰りたい気分でもあり、ちょっと複雑な心境である。
 今回もたくさん写真を撮り溜めた。貴重な珍しい写真もある。今日から徐々にアップしていきたいと思っている。(毎回申し訳ありませんが、「日記」も4月の山入りの時から遡ってアップします)

以下の日記は「おやじ山の春2008」の続きです。アップが随分遅れてしまいました。
2008年6月7日(土)晴れ
おやじ山の初夏2008(ウクライナの草原の風)

 朝5時前に目が覚めて散歩に出た。作業道路を歩いて見晴らし広場までの往復である。道端では今まで目を楽しませてくれた赤紫のノアザミがそろそろ終わりに近づき、入れ替わるようにウツボグサの青紫が咲き出した。おやじ山のサシバだろうか?瞑想の池近くの高いスギの木の天辺にサシバがとまって鋭く辺りを窺っていた。
 おやじ小屋への「出勤」途中の山道で、これも咲き出したばかりのスイカズラやヨツバヒヨドリ
の花を写真におさめる。そして今日は丸1日中、新たに30枚運び込んだスギ背板の皮剥きや小屋の西側の壁づくりをやった。
 夕方になって「ピックィー!ピックィー!」とサシバが鳴いた。大工仕事で大きな音をたてて鳥には大迷惑だったろうにちゃんと巣に居てくれて安心する。
 夕食はM工業のご夫婦が手作りの夕食をどっさり持って来て下さって一緒にキャンプ場で愉快な晩餐となった。奥さんは一度テント生活というものを体験してみたかったのだと言う。そして今日は、ご夫婦の他に某町内会の人達16人が泊りがけの大きなテントを張った。実に珍しいことである。
 NHKの土日の夕方に流れる「地球ラジオ」は私の愛聴番組である。今日はゲストにウクライナ出身の女性歌手ナターシャ・グジーさんが出演し民族楽器を爪弾きながら2曲歌ったが、その歌声にすっかり感動してしまった。勿論ウクライナなど行ったことはないが、まるでその広い草原に吹きわたる澄んだ風の音を聞いているようだった。




2008年6月10日(火)晴れ、朝霧
おやじ山の初夏2008(「希望」見えず)

 今日でおやじ山でのテント生活も50日目となった。そろそろ疲れも溜まり、春の山菜も旬の時期がとっくに過ぎて、同じく旬がとっくに過ぎたカミさんの機嫌もだんだん悪くなってきた。
 「ゴロスケホッホ!」とフクロウが鳴いているので「まだ夜が明けないなあ〜」と思いながらウトウトしていたら、いきなりテントの真上で「トッキョキョカキョク!特許許可局!」とホトトギスが喚くように鳴いて、時計を見るとまだ午前4時である。それから眠れなくなってテントの外に出ると、一面の霧の朝だった。今日も好天になりそうで山に入るのが楽しみである。
 午前8時過ぎにはおやじ小屋に着いた。そして例によって本来の仕事に取り掛かる前の「鉛筆削り」を始める。植林したブナの周りを丁寧に草刈りし、それから背板の削り皮が大分溜まったので焚き火で燃やし始めたがサシバが悲しそうに何度も鳴いたので気の毒になって止めてしまった。
 最後に残った西側外壁の背板貼りはあと2枚を残すのみとなった。完成するのが実に楽しみである。午後5時に完成間際の小屋を何度も振り返ってから山を下りた。
 高台に椅子を出して真っ赤な夕陽を見ながら缶ビールを飲む。これが楽しみで丸1日大汗をかいて仕事をするようなものである。ラジオが先日日本が打ち上げに成功した人工衛星「希望」を夜の8時前後に見ることができると報じているので、高台で探すことにした。ところが満天の星空で、果たしてどの光が「希望の光」なのか判別できない。それでキャンプ場をあちこち移動しながら天を仰いで「希望」を探し求めたが、ダメだった。ああ、我に希望の光見えず!

2008年6月12日(木)曇時々晴れ
おやじ山の初夏2008(おやじ小屋外壁の完成)

 肌寒い朝だった。新潟県はここ数日晴天続きだが九州や関東地方は大雨に見舞われているという。連日の好天のお蔭でおやじ小屋の修理がどんどん捗って、今日は南側の外壁の迫り出しのカットと防腐剤の塗布作業である。結局はカットはカット(止め)し、防腐剤の塗布だけを丁寧にやって終りにした。4月29日に今回の修理作業を始めてから途中何日か休んだりはしたものの45日間かけての小屋修理の完了である。「よし!これで終わり!」と腰を伸ばしてから思わず一人で「バンザ〜イ!」と叫んでしまった。
 ゆっくりと缶ビル1本とインスタントラーメンの昼食をとり、午後は下の谷川に下りて川沿いの草刈りをした。川縁にはピンクのコシジシモツケソウが咲き始めて谷川を渡る微風にゆっくりとそよいでいた。
上から「ヤッホー!」と声がしてカミさんが山に来た。斜面を登って小屋に行くとカミさんは完成したおやじ小屋のまわりをグルリと1周して「最初の予想よりは随分立派な小屋が出来ましたね」と珍しく誉めてくれた。
 藤沢に帰る前にデッキの脚に防腐剤を塗り直すことにし、その泥落としをカミさんに頼み、ついでに小屋の前の物置の柱にも防腐剤を塗りたくなってその皮むきも頼んだ。最後のワラビ採りに山にやってきたカミさんに次々仕事を頼む(言いつける?)ものだから、やっぱり機嫌が悪くなって怒ってしまった。確か昔のことわざにあったなあ。「武士とオンナは何とかって・・・」 いつになってもなかなか難しいものである。



2008年6月14日(土)晴れ、暑い夏の日差し
おやじ山の初夏2008(こどもたちの歓声)

 ヤマホタルブクロが咲き始め、おやじ池の周りのキショウブもようやく花開いた。この花たちが顔を見せるとおやじ山はもうすっかり夏である。明後日(16日)にはキャンプ場を引き払って藤沢の自宅に帰ることにした。今回も本当に長い間、ここの管理人の皆さんにはお世話になった。
 今日は土曜日、午前9時に下の駐車場に車がいっぱい停まって地元の小学生とボランテアの人達が泊りがけのキャンプだという。30人のグループと40人グループの2グループで、今日のキャンプ場は大賑わいである。
 午前中は布団類や大きな荷物を宅配便で自宅に送るために町に下りた。ついでにホームセンターにも寄って
新しく作った玄関ドアの錠や釘などを買ってキャンプ場に戻った。そして早速おやじ小屋に向かう。見晴らし広場まで登ると菅笠を被った老紳士に出会った。「はて、見たことがある人だなあ」と近づくと何と母校の大先輩Eさんである。先方も同時に私に気付いて「今あなたの小屋まで行ってきましたよ。昨年病気をしてなかなか来れなかったのですが今年は今日で2度目です」とニコニコと話しかけて来られる。「随分立派な山小屋になりましたねえ」とも誉めて下さって、それからひとしきり患われたご病気の話などをして「どうかいつまでもお元気で、そしていつでも小屋に来て下さい」と声をかけて別れた。
 おやじ小屋を離れたのは午後7時近くである。晴天でいつまでも明るく、なかなか去り難い未練の気持ちもあってぐずぐずと時間を過ごしていた。そして西の空の真っ赤な夕陽を見ながら山を下った。
 キャンプ場に着くと広場でキャンプファイヤーが大きく燃え上ってその周りをこども達が手を繋いでゲームをやっている。繋いだ手を前後に振りながら「言うことホント!やることハンタイ!前へポン!」「キャー!間違えた〜!」と賑やかである。パチパチと真っ赤な炎がこども達の笑顔を幸せ色に染めて明るく明るく照らし出していた。




2008年6月15日(日)快晴
おやじ山の初夏2008(別れ)

 寒い朝だった。4時15分に起きて先ず小型テントを畳む。それから車で見晴らし広場まで乗りつけ、道路脇の排水溝に脱輪防止用に置いた枕木を取り除いた。そしていよいよ今日が最後のおやじ小屋に向う。小屋に着いてからヤマユリの広場をぐるりと見回った。今はまだ固い蕾だが何十株と生えていて、来月の花時には山中がむせ返るようなユリの芳香で満ち溢れる筈である。それから物置を少し片付け、薪小屋をちょっと整え、午前8時半過ぎに入口のドアに鍵をかけた。
 いつものようにおやじ小屋の正面に向かい帽子をとって「ありがとうございました!」と大声で別れの挨拶をした。そして小屋を後にして5、6歩歩いてからまた振り返り、もっと大きな声で「ありがとうございましたあ!」と再び挨拶した。不覚にも涙が零れ落ちた。何で俺はこんな所で泣いてしまうのだろう?それからもう後も見ずに急ぎ足で見晴らし広場に停めた車に戻った。
 ここで偶然Mさんという方に出会った。見晴らし広場に珍しく乗用車が停めてあったのでいろいろとお話ししているうちに、私と同じ森林インストラクターの方だと分かって驚いてしまった。今日は以前にこども達と一緒に植林した樹木の手入れに来たのだと言う。そしてMさんグループが作成したという「自然観察林生き物生態マップ」という素晴らしいパンフレットを頂戴したが、こうして郷里で活躍しているインストラクターの方におやじ山最後の日に出会えて、本当に嬉しかった。
 そして55日間の滞在を終えておやじ山を後にした。