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最後の更新は7月28日

2007年7月16日(月)曇り
新潟中越沖地震発生

 午前10時13分、またまた郷里の新潟県中越地方で震度6強の地震が起きた。長岡の実家に電話を入れ、無事を知って取敢えずほっとする。しかしテレビ報道は、午後5時40現在、死者5人、負傷者630人、家屋の倒壊300棟に達したという。猛威をふるって昨日ようやく遠のいた最強台風4号といい今日の大地震といい、全くこの地球はどうなってしまったんだろう。
 台風一過の今朝、昨日の雨風で1日中家に閉じ込められていたので近くの大庭城址公園に散歩に出た。バラのいい香りが青空のもとに漂っていた。他に書きたいことがあったが、後日に回します。
 

2007年7月17日(火)晴れ〜曇り
新潟中越沖地震その2

 新潟中越沖地震の死者が9人になった。重軽傷者は900人、昨夜避難所で過ごされた方は1万2000人に上った。早速何人かの方からご心配のメールが届いた。ありがたい事である。
 

2007年7月18日(水)曇り
大庭城址の蝶

 一昨日書きたいと思っていたことを書きます。それは台風一過の大庭城址公園で見た蝶のことです。
 朝の散歩で行く
大庭城址公園の芝生の中に小さなバラ園がある。もうバラの花の時期は過ぎていたが、摘み取ったあとの脇枝から伸びた小ぶりのバラや四季咲きの花がいくらか残っていて、台風後の暖かく蒸れた空気の中で甘い香りを放っていた。その1つの花に大型の蝶が羽ばたいて吸蜜している。何とアカホシゴマダラである。(カメラを持って行かず写真を撮り損ねた)かつて日本では奄美大島でしか生息していなかった蝶である。ここ藤沢市で何年か前に発見されて以来、最近はしばしば見られるようになった。一度家に帰ってカメラを持って再び大庭城址に来た。そしてカメラに収めた蝶の中にツマグロヒョウモンがいる。この蝶ももともとは南方系の蝶でスミレ類を食べる幼虫がパンジーなどの園芸植物に紛れて広がったと思われる。そしてアカホシゴマダラにせよツマグロヒョウモンにせよ昔は生息できなかったこの北の地に(南の地方から見て)しっかり定着しているという現実である。これは紛れも無く地球温暖化がこれらの蝶の隆盛に一役買っていると言わざるを得ないのではないか?(上の写真はツマグロヒョウモンの♂)
 先日の新聞に「巨大化する台風」と題する記事があった。地球温暖化で上空の大気は暖められて海水面との温度差は小さくなり、大気は安定して対流活動は小さくなる。(よって台風の発生数は減る) しかし温暖化で大気中の水蒸気は増えて大きなエネルギーに成長し、ひとたび対流(台風)が起きるとそれは巨大、凶暴化するのだという。これがラニーニャ現象と相俟った先の7月最強台風4号だったとの解説である。




(ベニシジミ)

(ツバメシジミ)
2007年7月22日(日)小雨
山に戻る

 7月には年1回の小学校時代の仲間たちとの集いがある。今年も一昨日から箱根にあるA君の会社の保養所を使わせてもらってS先生他6人の同級生が集まり、昨日昼前に自宅に戻った。旅先では前から痛めていた腰の調子が悪く夕食後の団欒には加わらずに床に臥せっていた。みんなには不義理をした上に心配をかけてしまった。昨日帰ってからは参議院議員選挙の不在者投票を済ませ、後は大事をとって布団に横になっていた。今日からのおやじ山行きとその後のいろいろな旅行計画に備えるためである。
 朝起きると腰の痛みは和らいでほっと胸を撫で下ろす。急いで準備して置いたキャンプ道具を車に積み込んで10時に自宅を出発、午後6時頃おやじ山の麓のキャンプ場に着いた。前回山菜採りをした時の帰り、またすぐ戻るつもりでテントを1張り残して来たが、思いのほか長い不在になってしまった。早速テントのチャックを開けて中を確認する。ガスコンロや折り畳みの椅子を入れてあるだけだったが、何十日も梅雨に晒されて中の空気が何やら甘酸っぱく蒸れた匂いになっている。ターフを全て巻き上げて風を入れる。雨が降り始めた。暗くもなった。早く落ち着いて酒も呑みたくなった。それで今夜は実家に逃げ込むことにした。
 

2007年7月23日(月)小雨、夕方晴れる
小屋とヤマユリ

 実家からキャンプ場に戻りテントを設営して早速おやじ小屋へ向かう。山道はすっかり真夏の様相で伸びた草木が道の両脇にしだれている。途中、所々に咲き始めたばかりのヤマユリが強い香りを放っていたが盛りはもう何日か後で、あちこちで白く色づいた蕾が重そうに頭を垂れていた。
 おやじ小屋への坂道を下って春に手入れをしたヤマユリの広場を見回す。道端の1、2株は花が咲いていたが殆どがまだ蕾である。昨年よりは花が遅いかも知れない。先日修正した気象発表通り今年は冷夏なのだろうか?
 おやじ小屋は、今回の地震では大丈夫だった。柱の傾きはない。物置も開けてみる。無事である。ようやく安心して春に作った丸太ベンチに腰を下ろした。気にならない程の弱い霧雨が降っていて風も全くない。濃く茂った夏の山がシーンと静まり返っている。さらさらと谷川のせせらぎが下から聞こえ、時折遠くで短く鳴く鳥の声が届いていた。「静かだなあ〜」とつくづく思う。おやじ山の深い静寂に心が溶けて行くようである・・・
 空が幾分明るくなって、「ジー・・・ジー・・・」とコエゾゼミが鳴き出した。ベンチから立って山林ガマを手に森の中を歩いて回る。ヤマユリを見つけては茎に絡みついた蔓を切ったり伸びた周りの草木を切り払ったりした。ゆっくり山で過ごして夕方キャンプ場に戻る。
 夕暮れ時から日が差して西の空がピンク色に染まった。「カカカカカッ・・・・」と今まで我慢していたようにヒグラシが鳴き出した。時計を見ると既に6時50分である。高台に折り畳みの椅子を持ち出し、たなびく雲と弥彦山のシルエットを見ながら缶ビールを飲んだ。いい夏の夕暮れである。



2007年7月24日(火)晴れ
 佐渡遠望/親子の昆虫採集

 5時過ぎに起きて見晴らし広場まで散歩する。展望台に上って長岡の街を見ると、霧の中である。今日は晴れて暑くなりそうで夏男(自分)にとっては嬉しい限りである。
 朝食は家から持ってきた(持たされた?)トウモロコシを茹でて(本当は蒸かすべきだが)食べることにした。出掛けにカミさんが「そうそう!」と思い出したように冷蔵庫の野菜室に仕舞ってあった皮むきのトウモロコシを手渡した。前に農家のKさんから貰ったものを皮を剥いたきり蒸かすのを忘れていたらしい。それで私に押し付けて処理させようという魂胆である。トウモロコシは採ってすぐが甘味の勝負である。それをもう何日も経ったものを・・・
 意外に茹でる時間がかかってアツアツのトウモロコシを持っておやじ山に向かった。早速山道で大嫌いなヘビに出会った。こんなこともあろうかと昨日は山林ガマを持って下山した。山林ガマは柄が長くて刃が大きいのでこれを持っていると
幾分ヘビの恐怖が薄れる感じなのである。しかしやっぱり「わっ!」と大声を上げてしまった。途中山道の草刈りをしながら小屋に着く。腹が減ってかぶりついた朝食のトウモロコシの味は、甘味が茹でた水に全部溶け出したようだった。「味もそっけもなく」とは良く言ったもので、食事というよりはまるで餌をはんでる気持ちである。
 午後3時に下山。明日から友人2人と登山の予定なので街に買出しに出かけた。ついでに今夜の夕食の弁当も買ってテントに帰る。例によって高台に椅子を出して缶ビールを飲む。珍しく遥か遠くに日本海に浮かぶ佐渡の山並みが望まれた。
 テントに入ってラジオを聴いて休んでいると、赤い懐中電灯を持った親子がすぐ前のコナラの木に虫探しに来た。この木は幹が幾分腐って樹液が滲みだしていて昆虫がよく集まってくるのである。「何が捕れた?」とテントの中から声をかける。2人連れの親子が振り返って暗いテントの中をすがめるように見る。テントから這い出て親子の所に言って「どう?」と同じ質問を繰り返す。「コクワガタ」と子どもの答え。虫かごを覗き込むと何匹ものコクワガタが入っていた。「今度大きな虫がいたら捕っておいててやるね」と約束してしまったが・・・







下の2枚は同じ木の後日の写真


2007年7月25日(水)曇り
谷川岳登山

 今日から2日間の予定で友人2人と谷川岳に登る。昨年の越後駒ケ岳登山と同じメンバーで高校時代の同級生Fさんと会社時代の同僚N君である。本当にこの日まで腰の痛みが消えて良かった。
 4時半に起きて不在にする2つのテントの中を整理し、外で朝食用のコーヒーを沸かす。
コナラの枝先で動くものがあるなあ、と思って見上げるとリスがこっちを見ている。テント場でリスを見るのは初めてである。
 車を走らせて越後湯沢駅で東京から来た友人2人を迎えた。2人ともすっかり山支度が出来ているのですぐに車に乗せて今回ルートの出発点茂倉岳登山口に向かった。9時15分登山開始。先ずは茂倉新道の若いブナの二次林帯を進む。次第にブナの巨木が目につきハルニレの大木が混じり、そしてクロベ(別名ネズコ)の巨木が現れ、さらに進むと素晴らしい樹形のゴヨウマツが点在する尾根に出る。およそ3時間で「矢場の頭」に着いて昼食。生憎の梅雨空で眺望はきかなかったが、それでも一時ぱっと晴れて万太郎山が雄姿を見せてくれた。
 茂倉岳山頂から一の倉岳の間は晴天なら素晴らしいパノラマラインである。濃いガスに煙って周囲の連山は望まれなかったが足元の登山道のお花畑には今が盛りと高山植物が咲き誇っていた。ニッコウキスゲ、コバギボウシ、タテヤマウツボグサ、ハクサンフウロ、ウスユキソウ、ハクサンボウフウ、シモツケソウ、ウラジロヨウラクなどなど・・・
 一の倉岳からオキノ耳の難所も無事通過。オキノ耳(谷川岳山頂)で記念撮影をしてさらにトマノ耳へ。5時過ぎに今日の宿泊地「肩の小屋」に着いた。先客は7名ほどで我々3人はゆったしとした個室である。N君は紅茶を沸かし何回も「これは高級なんだぞ」「物凄く高いんだぞう」としつこく繰り返したブランデーを垂らして有り難く飲み山旅の疲れを癒した。
 夜は例によってN君のいびきに悩まされた。Fさんに「耳栓を持ってくるように」とメールに書くのを忘れた。実に申し訳ないことをした。







2007年7月26日(木)雨
谷川岳下山

 「よく眠ってたなあ〜」「いや、俺疲れすぎてよく寝れなかった」「うそ!がーがーいびきかいてたくせに」N君との恒例になってしまった山小屋での朝の会話である。
 6時50分「肩の小屋
」を出発。同じルートで下山である。濃いガスで回りは何も見えない。小屋を出てすぐ雨になり昨日のN君に代わってトップをつとめる。トマノ耳から一の倉岳の難所で雨が強くなった。ゆっくり慎重に足場を選びながら歩を進める。2つ目のクサリ場でFさんが滑ったが幸いクサリを握り締めて大事には至らなかった。途中Fさんはハチにも刺された。こんな雨の中でもハチは人を刺すんだ。幸い風が殆ど無くて無事難所を切り抜け「矢場の頭」に着く。途端に明るくなって薄日が差すような空模様になった。再び万太郎山が姿を見せもう1つの谷川岳ルート吾策新道の山並みが望まれた。 午前10時、大分早いが昼食にする。ここでの昼食は実に豪華版だった。Fさんが自宅から用意してくれたサンドイッチとN君のコンロで沸かすドリップコーヒー、それに昨日の残りの「高級」ブランデー、なぜかN君持参の大福モチ、漬物、お菓子等々・・・たっぷり1時間のランチタイムだった。
 ゴヨウマツとクロベの巨木帯に入った。再び雨が降りしきり洗われた根にうっかり足を乗せると滑ってしまう。今度はN君が滑って体が消えた。この尾根の両脇も鋭く切れている。ヒヤッとして駆けつけたが大丈夫である。N君の持病の膝の痛みが出てきたようだった。最後の20分は大雨に祟られた。びしょびしょになって駐車場の車に逃げ込む。そして800円の越後湯沢駅構内の酒風呂で身体を温めて午後4時、友人達を見送った。
 国道17号線を下って午後7時にテントに戻った。近くにもう一張りテントが設営されていた。





2007年7月27日(金)晴れ
小屋を辞す

 けたたましく鳴くヒグラシの声で目覚める。時計をみると4時24分である。確か昨年の夏もこの時間にヒグラシの鳴き声が始まったなあ、とぼんやり思い出す。テントのターフに届く光の様子から今日は晴れである。しかし登山の疲れが体に重く残っていて再び眠りにつく。5時半に起きて駐車場に行き昨日のびしょ濡れの雨具や登山靴を取り出した。脇に千葉ナンバーのオフロードバイクが停まっていた。隣のテントの住民が昨夜バイクで戻ってきたのだろう。濡れ物を持ってテントに戻ると「お早うございます!」と何と若い女の人の声である。返事も忘れて「へえ〜珍しいなあ〜」と思わず口走ってしまった。聞いてみるとこれから新潟県中越沖地震の被災地柏崎にボランテア活動に行くのだと言う。昨日柏崎まで行ってボランテア登録を済ませここに泊りに来たのだという。「それはどうもありがとう」とお礼を言った。自分は今や新潟県民のつもりである。
 午前中は晴れ間を活かして登山の濡れ物を干したり雨ではねたテントの泥を洗ったりした。
終わってからおやじ山に向かう。
 ヤマユリの広場はようやく花が賑わい始めた。多分3〜40株はあるだろうがおおよそ半分ほどが花開いていた。見回りながら絡みついた蔓を鎌で切ってやる。そして随分時期遅れになったが仮伏せで薪積みしてあったシイタケのホダ木を本伏せのムカデ伏せにする作業に取り掛かる。本来ならば梅雨入り前の作業である。立てかける横木を載せる柱を埋めるために穴を掘ろうと物置を開けるとシャベルが無い。おかしいなあ?どこかに忘れたか、誰かに盗られたか?仕方なしに鍬で穴を掘って柱を立て十数本のホダ木の本伏せ作業を終えた。
 小屋を閉めておやじ山の入口まで帰り、「あっ」と思って小屋を振り返り帽子を取って大声で「ありがとうございました!」と挨拶した。まだ藤沢の自宅に帰るつもりは無かったが明日の天気次第では最後のおやじ小屋になると思ったからである。
 夜は遠くで花火が鳴っていた。時々キャンプ場の木立の間から花火の上の方が見えるので夜道を歩いて見えそうな場所を探した。下の広場で4〜50名程の子ども達のグループがキャンプ生活をしていた。インストラクターのお兄さんが何やら大声でゲームの指導をし子ども達が歓声を上げている。遠くの花火など誰も見てはいないようだった。

2007年7月28日(土)曇り
満月の帰還

 ラジオが今日の午後からの天気を雨と予報している。ところによっては激しい雷雨になるという。今までの経験からおやじ山の天気はいつも天気予報の「ところによっては・・・」の場所である。高台に椅子を出してコーヒーを飲みながらおやじ山に出かけようかどうしようかと迷っていた。山には行きたくて仕方がないのである。いつまでも判断がつかないままぐずぐずと椅子に座って脇に置いた携帯ラジオを聴いていた。番組はNHKの「夏休みこども電話相談室」である。「どうして地球は浮いているんですか?」とこどもが電話で質問する。回答者「○○ちゃんはプールで浮くことが出来る?浮くのは上からの力と下からの力が釣り合っているからなんだよね。地球は太陽からの力でひっぱられているけど同時に太陽の周りをぐるぐる回っている外に飛び出す力で・・・ほら○○ちゃんが雨が降ったとき傘を差して学校に行って着いたら傘をクルクル回して露を飛ばすでしょう?それと同じ力と地球が太陽から引っ張られる力がちょうど釣り合っている所で地球が浮いているんだよね。分かった?」「分かった!なあ〜るほど」と自分が感心してしまう。
ポツンと雨が膝に当たった。テントを撤収して帰ることにした。
 17号線を走って川口温泉に寄る。ゆっくり露天風呂に浸かって筋肉痛を揉み解す。そして越後湯沢から関越道に入り長いトンネルを越えて谷川パーキングエリアで車を停めた。雨が上って満月の夜空である。もっともっとおやじ山に居たかったが、これからまた別の旅を控えていた。