「逃げる2月」が過ぎて「去る3月」になった。まさに光陰矢の如しである。そして今日は「春眠暁を覚えず・・・」などとのん気に惰眠をむさぼっている訳にはいかず、藤沢の同じグループでボランティア活動をしているTさんと午前中に落ち合う約束である。お渡しする資料を持って約束の時間に大庭市民図書館に行く。午前中から随分多くの人たちが利用しているものだと感心しながらぐるりと見渡しても、Tさんがいない。昨夕Tさんから貰ったメールには、緊急の追加資料の添付とともに、「追加の仕事が出来てしまって明日は遅れないようにね」などと自分のことはさて置き私の夜なべ仕事(ちょっと懐かしい言葉ですね。今の人は「夜鍋ってどんな鍋?」と聞くらしいです)をいくらか気遣うような文面だったが・・・
自転車で大庭の長い坂道をこいで来たというTさんが、息を弾ませて駆け込んできた。何も10分や20分遅れたところで今の自分にはどうってこと無いのに、と思いながら作成した資料の内容を見てもらって無事お渡しした。
Tさんはこれから引地川沿いのボランティアグループの作業場所を見に行くという。4月の新年度から我々グループが行う市から委託された整備緑地である。今日はポカポカ陽気の気持ちよい春の日和で、一緒に行くことにした。
最初の1箇所はかなり広い湿地である。「まだヘビは出ないよなあ?」などと言いながら少し埃っぽいような冬枯れのアシ原に入り込んで様子を見て回る。広さはおよそ1haはあるだろうか?かなりの本数の柳の木が自生していて、まばゆい日の光に目を細めてその枝先を見上げると、既にぽつぽつと並んだ小さな緑色の新芽が青空に溶け込んで見えた。
コンビニで買ってきたおにぎりを芝生の公園広場に行ってTさんと並んで食べた。まるで二人でピクニックをしているようである。もうすぐ川向こうの冬枯れた丘陵地も燃えるような新緑に彩られることだろう。
おにぎりを食べ終わって、今度はもう一箇所の丘陵地に行った。小さな杉と檜の植林地が暗く放置されて、林縁の雑木に葛の蔓がしぶとく絡みついている。広さは1ha未満だと思うがここを整備するにはしっかりした指導者とかなりの人手が必要だなあ、という印象である。しかし道端の斜面にはいっぱいの日差しにヨモギの若い芽が柔らかく生えて、年配の夫婦が丁寧に摘んではビニール袋の中に入れていた。
見晴らしのきく高台でTさんと並んで腰を下ろした。眼下に引地川が光り、その向こうに大庭城址の小高い森、更に奥にライフタウンの街並みが広がり、そのずっと遠くに丹沢山塊が青く煙って見えている。ここからはドンと見えるはずの富士山は、今日の春霞にまぶされて消えてしまったようだ。投げ出した足元を白い蝶がよぎった。今年見るモンシロチョウの初蝶である。Tさんと丘の上でこうしていると青春時代に戻ったような気分である。まどろみそうな目で遠くを見やると、丸山谷戸の上空をトンビが二羽ゆっくりと滑空していた。
<春の鳶寄りわかれては高みつつ> (飯田龍太)
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