山のパンセ(その24)

雪国の植物考
 
 2008年の春、おやじ山に全国森林インストラクター神奈川会の6名の仲間の皆さんが遥々訪ねて来てくれた。雪国越後の植物をじっくり観察しましょう(それから新潟銘酒もしっかり呑みましょう)、という大変真面目なツアーで、「こんな目の肥えたプロの連中をおやじ山に連れて行ってガッカリされはしまいか」と内心ビクビクしながら案内した。2008年はいつもの春よりおよそ20日ほど季節が先に進んでいて、おやじ山自慢のカタクリやキクザキイチゲなどのスプリングエフェメラルの花々がまさにはかない命となって消えかけていた。にも拘われず、インストラクターの皆さんの反応は「わ〜珍しい!まあ綺麗!」とおやじ小屋への山道をまるで舐めるように歩きながら感激しているのである。いつもは「な〜んだこんな草・・・」と私が小馬鹿にしていた植物が、プロの連中にとっては誠に貴重種であったりして「俺ももっと勉強しなければいけないなあ」とすっかりうな垂れてしまった。それでいくらか反省して、今回こんなふうにまとめてみた次第である。

 なるほど新潟県や北国をイメージする植物の種名を思い出してみると、<越>の名がつく、「コシノコバイモ」「コシノチャルメルソウ」「コシノカンアオイ」や、<越路>がつく、「コシジシモツケソウ」「コシジタビラコ」、そして<北国をイメージする>、「エゾアジサイ」「エゾユズリハ」「エゾタンポポ」などがある。これらは日本海側に特有な植物群で「日本海要素」と言われている。新潟県内に自生する日本海要素の植物は約150種、そのうち日本海地域にのみ分布する植物は約40種あると言われている。いずれも多雪に適応した植物で、もちろん深い雪に耐えることと、雪解け水に適応した特徴を持っている。これらの特徴をざっくり分類するとおおよそ次のようになる。
@常緑樹の低木化・・・茎や枝がしなやかで樹形が低木化・ほふく型化して雪の圧力に適応
   「ユキツバキ」「ヒメアオキ」「エゾユズリハ」など
A落葉植物の葉の大型化・広葉化・・・雪解け水で土壌水分が多く、光合成に必要な水分が豊富なため葉が大型化
   「マルバマンサク」「オオバクロモジ」「スミレサイシン」など
B固有種の存在・・・環境適応性の幅が狭い植物が生育
   「シラネアオイ」「サンカヨウ」「キヌガサソウ」「トガクシショウマ」など
 しかし何と言っても日本海要素の代表的な植物の一つは「ユキツバキ」である。雪深い越後に適応した雪椿は、逆境にもめげず粘り強い(まるで俺のようではないか!)県民性を象徴しているとして昭和41年に「新潟県の木」に指定された。おやじ山を訪ねてくれた森林インストラクターのNさんなどはこのユキツバキを見ていたく感動していたが、なかなかの人生経験を積んできた練達のNさんだけに、雪椿の花の美しさだけの評価ではなかったのかも知れない。
 (2008年6月20日 記)      

       コシジシモツケソウ                      エゾアジサイ

        エゾタンポポ                          ユキツバキ

         ヒメアオキ                          エゾユズリハ

         マルバマンサク                        オオバクロモジ

          スミレサイシン                      シラネアオイ

          サンカヨウ                        キヌガサソウ

<ユキグニミツバツツジ>
 おやじ山の雪解け直後から一斉にスプリングエフェメラルの花々が咲き誇り次第に春の日差しを浴びて山の緑が濃くなってくると、徐々に花の彩りも少なくなって山がちょっと寂しくなる。そんな春が進んだ時期に目を楽しませてくれるのがツツジである。まず妖艶なユキグニミツバツツジが咲き、続いてウラジロヨウラクが森の茂みから恥じらいながら顔を出し、そして燃えるようなヤマツツジの華やぎが6月まで続く。
 ユキグニミツバツツジは「雪国三葉躑躅」でその名の通り日本海側の多雪地帯に適応した植物で、枝先の葉が3枚輪をつくるように向かい合ってついている。地方では「クラツツジ」と呼んでいるが、「クラ」は「倉」のことで赤倉や黒倉の地名が示すように急峻な崖をクラという。つまり山の崖に多く咲くツツジで、ゼンマイやウド採りで急な斜面を登る時にロープ代わりにこの枝を鷲掴んで攀じ登ったりする。
 おやじ山ではウラジロヨウラクも初夏に近づいた頃あちこちの茂みから恥ずかしそうに顔を出す。全くこの花を見ていると色白の新潟美人がぽっと頬を染めたようにも思えるのである。葉の裏が白っぽいので「裏白」であるが花の形から「アズマツリガネツツジ」の別名がある。また地方ではこの花を桶に見立てて「オケゴ」と呼んで子ども達は花を食べたりする。ガク片の長いガクウラジロヨウラクは日本海要素の花で、おやじ山ではウラジロヨウラクと混生している。
 ヤマツツジは花期の長い花でおやじ山では4月下旬ころから6月まで咲いている。昔、おやじやお袋と山菜採りに出掛けて、パンパンに膨らんだリュックの上にこのヤマツツジの花を飾って山を下ったものである。この花も食べられるが概してツツジ科には有毒なものが多い。「躑躅」という難解な文字には「立ち止まって足踏みをする=地団駄を踏んで苦しむ」という意味があるようで、ハイキングで高原の牧場などに行くとレンゲツツジがたくさん咲いているが、これは毒草で牛やヤギが口にしないからである。

        ユキグニミツバツツジ

        ウラジロヨウラク

          ヤマツツジ

<タニウツギ>
 私にとってはこの花が咲くと「さあ、ワラビ採りに出かけるぞ〜!」と気合が入る山菜指標木である。しかし地元の長岡ではこの花の人気はさっぱりである。花好きだったお袋も山に入ってこの花だけは家に持ち帰らなかった。家に持ち帰ると火事になるというので「カジバナ」と言ったり、蕾からマッチの軸を連想してマッチバナと呼んだりする。この花が咲くと地元の農家では田植えをぼちぼち始めることから「タウエボッチ」とか「タウエバナ」、早乙女を連想して「サオトメバナ」などと美しい名前もある。しかし昔の人は若い葉をトイレットペーパーとして落とし紙に使ったので「シリノゴイッパ(尻拭葉)」という名前もあり、その気になって若木の葉っぱをじっと見てみると、なるほど皺々と少し厚みがあって面積を別にすれば使えそうである。若い枝の葉柄の元に「蛇の唾」と呼んでいる液体の泡(正体はアワフキムシの巣)が付くので、これをダニと誤解して「ダンジロバナ(ダニ次郎花)」という地方もある。このウツギも日本海側に分布が片寄っている日本海要素の植物で、何と新潟県だけでも50の方言名があるという。

(以上、2008年6月24日 記)

 森のパンセ(その25)<おやじ山の生き物考>に続く