山のパンセ(その25)

おやじ山の生き物考

 昨日(6月20日)「雪国の植物考」をアップしたが、今朝ひょっと思いついて、今年の春(2008年春)おやじ山で見たり鳴き声を聞いたりした生き物について少しまとめてみることにした。おやじ山には神奈川県では天然記念物指定、新潟県では準絶滅危惧種のギフチョウやモリアオガエルが普通に生息し、おやじ池には毎年クロサンショウウオが卵を産み、春から初夏にかけてはサシバ、オオルリ、キビタキ、イカル、クロツグミ、ホトトギス、サンコウチョウと実に多くの野鳥達の鳴き声で森が賑わう。そして今年は、雨が上って眩しい陽の光が若葉に載った水玉をピカピカと虹色に輝かせている朝などに、ゴマダラチョウやムカシヤンマが見られた。
 いずれも貴重な未来の子ども達にも見せたり聞かせたりしたい自然からの大切な贈り物である。

<ギフチョウ>
 まさに「春の女神」と呼んでいい美しい蝶である。おやじ小屋に向かう自然観察林にもその先の山道にも、まるで歩を進める足元に纏わりつくようししてヒラヒラと飛び交っている。ギフチョウの幼虫の食草は「コシノカンアオイ」、その花の独特の形から地方では「ヤカンコロガシ」などと言われている。
しかしこの蝶は美しさに似合わず(いや、その美しさのせいかも知れないが)雄は交尾の際の分泌物で雌の腹端の部分を塗り固めていわゆる貞操帯をはめてしまう。何と嫉妬深い雄であることか。
 晴れた春の一日、コシノカンアオイの新葉にギフチョウがとまって卵を産み付けていた。ようやく飛び去った後、そっとカンアオイの葉を裏返してみると、プツプツと並んだ卵はまるで真珠の輝きである。息を呑んでしばらく見詰めてから、「しっかり成虫まで育ってね」と祈るような気持ちで葉を伏せるのである。





<モリアオガエル>
 2008年の春はまるで初夏のような暑い日が続いて、モリアオガエルの産卵時期である5月中旬も連日ぎらぎら照りの夏日だった。そして5月20日、ようやく10日ぶりに雨が降ったので急いで傘を差して瞑想の池に産卵を確認に行った。果たして池縁のトチノキの葉に2つ卵塊がついていた。小屋脇のおやじ池の木にモリアオガエルが卵塊を作ったのは、やはり雨の後の5月26日である。
 瞑想の池のモリアオガエルはどんどん卵塊を増やしていったが、ある朝トチノキの幹を見ると、大きな雌(モリアオガエルの雌はトノサマガエル位の大きさである)の上に比較的小さな雄がしがみついている。「これから上に登って二匹共同で卵塊を作るんだな」としばらく観察することにした。(普通は1匹の雌に複数の雄がしがみ付いて雌が排出した卵に雄たちが放精して受精させ、それを後脚で撹拌し泡立たせて卵塊を作る)しかし何しろ雌は大きなお腹を抱えた上に背中に雄がしがみ付いている。重くてトチの幹で休んでじっと体調を整えている風である。そのうちじれた背中の雄が「ゲッゲッ」と低く不満気に鳴きながら自身の腹を雌の背中に打ちつけるとやおら雌が上に登り出すのだが、その足どりや今にも下に滑り落ちそうで危なかしくてハラハラしてしまう。この時ばかりは雌に同情して背中の雄に向って「バカ!オンナにもっと優しくしろ!だいたいお前が背中からピョンと下りて雌の尻を押してやれ!」と叫んで(心の中で)しまった。
 今回は確認しなかったが、この卵塊からオタマジャクシが下の池に落ちて成長し、カエルになるとひっそり森の住人となる。おやじ山の森で「カラララ・・・・」とキツツキが木を叩くようなカエルの鳴き声を耳にすれば、それはモリアオガエルの鳴き声である。ちょっと寂しげな鳴き声である。




(以上 2008年6月21日 記)


<サシバ>
 サシバは渡りの鳥で、10月上旬頃日本各地で繁殖したサシバたちが伊良湖崎に集結して大集団となって南下する。松尾芭蕉の句にも<鷹一つ見つけてうれし伊良古崎>があるが、この岬はタカの渡りが見られる所として知られている。そして早春、再び東南アジアなどから渡って来て日本の里山で過ごすのである。ヘビやカエルなどを食べる両翼1mの猛禽類で里山生態系の頂点に立っていると言える。しかし1986ごろまでは4万羽前後の飛来があったが90年代に入ると2万羽程度となりここ数年は平均1万5千羽と大きく減っている。里山の環境悪化がその原因で、2006年の環境省のレッドリストでは絶滅危惧種となった。
 そのサシバが今年(2008年)おやじ小屋のすぐ脇の杉の木に巣を作った。昨年まではおやじ山でも奥山の「水穴」という山菜場所の上空を「キッス・ミー!キッス・ミー!」と空高く飛んで目にするのもまさに高嶺の花だった。それが今年は、4月22日におやじ小屋に初めて行ったら目の前の杉林でオスとメスの二羽が「キッス・ミー!キッス・ミー!」と求愛飛行していた。そしておやじ池の脇の杉の木に巣を作って私が山を去る6月15日まで連日おやじ小屋の周りで「キッス・ミー」と鳴いていた。つがいが卵を産んでヒナの子育てをしていたのである。嬉しかったなあ。サシバが卵を産むのはゴールデンウィークの頃で、おおよそ1ヶ月でヒナが孵る。その後10日間はメスが付きっきりでヒナの面倒を見てオスが餌捕りをするが、山から帰り際の6月13日にはオスが持って来た餌を巣の中のメスが飛び出すように受取る姿を見た。ヒナの巣立ちは梅雨明け前の7月上旬だという。どうか無事に育って俺が大嫌いなおやじ山のヘビをいっぱい食って欲しいと祈って(願って)いる。(それにしてもサシバの抱卵中や子育て中、焚き火をしたり小屋修理でドンガラ大音を出したりして、全く悪いことをしてしまったなあ〜)

スギの木に架けた巣(枝打ちをサボって良かったのか?)           真ん中のスギの木の天辺に止る親鳥 

 「キッス・ミー!」と鳴きながらナワバリ宣言するサシバ


<野鳥協奏曲>
 おやじ山の春から夏にかけては実に様々な野鳥たちで森が賑わう。今までさして気にも留めていなかったが朝の散歩で注意してその歌声に耳を澄ますと、各々の個性が何とも面白くついつい時間が過ぎてしまう。
●クロツグミ
 春、おやじ山のあちこちから実に朗らかな野鳥の鳴き声が響き渡って来る。時にはキビタキの震えるような美声にも聞こえ、鋭く澄んだオオルリの凛々とした囀りのようでもある。高らかな大声で鳴くので一度いつもキャンプに持って行く古いラジオ付きの録音機で録ってみた。何とも変化に富んだ歌唱ぶりで同じ囀りを二度と繰り返さない。そしてどうも他の鳥の鳴き声も真似るようである。多才なエンターテナーで、私は「野鳥の氷川きよし」と命名した。
 昔話の世界ではクロツグミの「九郎」とトラツグミの「おとら」は姉弟である。目の不自由なおとらは夜「ヒィー・・・ヒィー・・・」と笛を吹いて仕事に出かける。トラツグミの別名はヌエだが、夜中にこの鳴き声をキャンプ場で聞くと知らない人は「わ〜!」と飛び起きてしまう。
●イカルとサンコウチョウ
 
共に「三光鳥」の異名を持つ。おやじ山ではイカルは春の盛りに、サンコウチョウは6月初旬頃から頻りに鳴き出す。イカルは良く澄んだ口笛のような声で「ピピピ・ピー」とも「ピーピョピョピ」とも鳴く。同じイカルでもその時の気分によって「ツキホシヒー(月星日)」であったり「ツキヒホーシ(月日星)」であったりと三光の順序を変えて鳴くことがある。カラオケ店に入って「いつも同じド演歌ばっかりじゃなあ」と二曲目にフォークソングを歌い出すようなものである。イカルのことを地方ではマメクイとかマメマワシと呼ぶ。豆を回すようにして食うからである。
 おやじ山の「若杉の森」に今年もサンコウチョウがやってきた。「ピヨロピ、ホイホイホイ」と鳴いて、前奏の「ピヨロピ」が「月日星(ツキヒホシ)」と聞こえるので三光鳥だと言う。しかし今年、この鳥のオスとメスの追いかけっこを小屋修理の手を休めて観察していたが、ガングロのメスが木の枝に停まって「ギッギッ」と低く鳴いた後、ちょっと離れた枝でオスが「ホイホイホイ!」と高らかに応じていた。つまり二匹の掛け合いで「ピヨロピ、ホイホイホイ」と鳴いていたようである。このオスの「ホイホイホイ!」がいかにも嬉しそうに聞こえてくるから不思議である。
●ホトトギス
 さて、2008年の今年、おやじ山のホトトギスはいつ頃から鳴き出したのだろう。5月21日の日記メモに、朝の散歩でウグイス、ホトトギス、キクイタダキ、アトリ、エナガ、キジバト、クロツグミなどとあるから初音は5月中旬かも知れない。唱歌に<卯の花の匂う垣根に 杜鵑はやもき鳴きて 忍び音もらす 夏は来ぬ♪>とあるが、忍び音どころかこの鳥の鳴き声は「トッキョキョカキョク!トッキョキョカキョク!(特許許可局、特許許可局)」と慌しく喚き散らす感じである。人をせっつくようにも聞こえるので、「あっちゃ飛んでったか、こっちゃ飛んでったか」や「父っつぁ起きさっしゃったか、かっチャン解けたか」などとちょっと意味不明な聞きなしもある。
 山で長いテント生活をやっていると、いつしかウグイスの鳴き声に変ってホトトギスの声で朝起こされるようになるが、この鳥は雨の日でも夜中の2時、3時頃でも「トッキョキョカキョク、トッキョキョカキョク」とうるさく鳴く。夜明けまで待てばいいのに何をそう急いているのかと笑ってしまうのである。
●ツツドリ、キジバト、フクロウ
 共に渋い低音の持ち主である。山で仕事をしているとウグイスやオオルリの鋭い高音に混じって「ポッポッ・・・ポッポッ・・・」といささか間延びした鼓を打つ鳴き声が渡ってくる。ツツドリである。ずっと以前、串田孫一氏の「山のパンセ」を読んでいてこのツツドリの記載があり、一体どんな鳴き方をするのだろうと思っていた。おやじ小屋で過ごすようになってこの筒を叩くような「ポッポッ・・・」を聞き、「あ!ツツドリだ!」と嬉しくなった。街中でキジバトの鳴き声を聞いても「な〜んだ」と相手にもしないが、この声を山の中で聞くといささか評価が変る。「ホーホーホホ、ホーホーホホ」と野太い声が峰にこだまして、何やら悟ったようなしっとりと落ち着いた響きに聞こえてくる。
 雨がテントを打ちつける夜など、なかなか眠れないで枕元の酒瓶に手を伸ばして茶碗酒を啜ることになる。すると「ホッホ、ゴロスケホッホ・・・」とフクロウが鳴き出して胸がシ〜ンとなって侘しさがつのってくる。そして「俺は一体何故ここにいるのか?果たして存在が先か、意識が先か・・・」などど哲学ることになる。今年(2008年)の5月31日深夜、やはりザインかゾルレンかで静に思索に耽りながらテントで酒を呑んでいたら、突然テントの真上から「ゴロスケホッホ!」の大声が聞こえてきて、ビックリ仰天して寝袋に酒をこぼしてしまった。「ありゃりゃ!ありゃりゃ!」と慌てふためいてザインもゾルレンも吹っ飛んでしまった。

                                          オオルリ                      

スギの木の天辺で囀るキビタキ(見える?)
(以上、2008年6月23日 記)


<イトトンボ(アネサトンボ)>
 東山ファミリーランドの自然観察林の中には2本の谷川が流れている。そのうちの1本は山菜の宝庫「黄土」を源流とした「オオド沢」で私の朝の散歩コースである。5月もなかばを過ぎるとこの谷川沿いでいろいろなトンボを見ることができる。トンボには様々なタイプがあって、大型のヤンマ科、中型のカワトンボ科、発生の早いサナエトンボ科、それからなよなよと弱々しいイトトンボ科などがある。
 時期によっていろいろな種類のイトトンボが飛び交うようになるが、地方ではこれらイトトンボをひっくるめて「アネサトンボ(姉様蜻蛉)」と呼んでいた。訛って「アネサドンボ」と濁ることもある。身体が細くてなよなよとしていてまるで優しい「姉様」みたいだ、ということからの美しい名前である。越後の農家などでは若いお嫁さんも「アネサ」と呼んでいた。だからガキの頃、このイトイトンボを見つけると「アネサトンボ!アネサトンボ!」と連呼しながら一人で妙に興奮して上ずっていた。(しかしあくまでも余談だが、余談ですよ・・・今じゃイトトンボの変わりにヤンマ科のトンボに「アネサトンボ」の名前がつきそうだなあ〜)
 トンボの交尾の時はオスがメスの首根っこを付属器で把握して連結するが(臀舐<となめ>などと言う。だんだん品がなくなってきてスイマセン!)、イトトンボは腹部が細くて新体操の選手みたいによく曲がるので連結部分がハート型になる。向こうは必死の生殖行為なのだろうが、こんな姿は見ててほほえましいものである。
 2008年の今年、関東甲信越地方では新潟県だけ入梅が遅く、強い日差しの夏日が続いた。そんな日のオオド沢ではハラビロトンボオオイトトンボ、そしてムカシヤンマも飛び交って、遠い遠い昔の思い出を誘ってくれる。

      イトトンボ(オオイトトンボか?)                        ムカシヤンマ

      ハラビロトンボ
(以上、2008年6月27日 記)