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2016年11月2日(水)曇り
帰還(「おやじ山の秋2016」へのプロローグ)
 表題に「帰還」と書いたが、おやじ山か藤沢の自宅か、一体どちらが俺の本拠地か自分でもよく分からなくなった。とにかく昨日の午前0時過ぎに、おやじ山から自宅に戻った。

 この秋、おやじ小屋に入ったのが9月16日、そして途中で合流(?)したカミさんと麓のキャンプ場に移動し、先月30日の日曜日の晴れ狙いでキャンプ場に張ったテントを外し、それから山暮らしのガラクタをバタバタ片付け、翌31日(一昨日)、そのガラクタをいつもお世話になっている長岡のSさん宅に預けて、46日間の山暮らしを終えた。

 この46日間のおやじ山暮らしで、秋の季節を肌身で感じたのは、10月24日からの最後の1週間だけである。それまではダラダラと生ぬるい夏の空気が残って、山の木々も紅葉が早いサクラやカツラを除いて緑一色の夏葉で、ようやく下山の土壇場になって空気が冷え込み、一気に山が色づいたと思ったら、何と、昨日のニュースで本州(秋田)でも初雪が降ったという。一昔前までは「春夏秋冬」がほぼ3カ月単位で穏やかに推移していた筈だが、昨今は荒れた今の世相を映し出すかのように、「
冬」と何とも波乱の四季の移り変わりとなってしまった。

 しかし、おやじ山に棲む生き物たちや草木は、こんな世の乱脈を飄然と受け流している様子で、タヌキはいつもの定位置で「溜め糞」をどっさりとこき、ムササビは悠然と木々を飛び渡り、ミズナラやコナラ、そしてクルミやヤマグリも、今年はたわわに実をつけた。(ブナは今年は裏年である)
 そして山から下りる直前には、昨年植菌したナメコのホダ木に、早くも立派なナメコが発生した。嬉しいおやじ山からの恵みになったが、来年、再来年と更に収穫が増えるはずで、大いに楽しみである。

 実は今回の滞在中に、俺には全く珍しく体調を崩した。それで恒例行事となっていたおやじ山で開く高校時代のミニ同窓会をキャンセルしたり、イベントの参加を見送ったりと不義理をしてしまった。でも今はもう大丈夫。「さ・さ・酒は?」の問に、地元長岡の医者からは「まあ、ほどほどに・・・」と、「大いに呑んでも結構」(自己解釈)との嬉しい診断を頂戴した。

(これから9月に遡って「おやじ山の秋2016」を少しづつですがアップします。ご覧下さい)
2016年11月30日(水)晴れ
小屋終(しま)い
 古い友人の突然の訃報で出発を延ばし、24日の通夜に参列して25日の朝、おやじ山に向かった。今年最後の山に入って、小屋の雪囲いをして小屋終(しま)いをするためである。「今度山に来たら寄って下さい」と日赤町のSさんから有難いお誘いを受けていたので、この日はSさん宅で豪華な夕食をご馳走になり、温かい蒲団でぐっすり休ませて頂いた。

 翌26日はSさんと一緒におやじ山に入った。途中の山路では、いつもここで熱心に野鳥観察しているHさんとバッタリ出会って言葉を交わし、穏やかな小春日和の中を枯葉の絨毯を踏みながらおやじ小屋に向かった。
 なるほどSさんの言った通り、ナメコとシイタケのホダ木にはたくさんのキノコが生え揃って、二人でせっせと籠一杯の嬉しい収穫だった。

 26、27日と小屋の窓に板を渡したり、水道ホースの片付け、ガチャポンプの取り外し、屋根に上って煙突外しと煙出しのブルーシート掛け、トイレの雪囲いなどで忙しく身体を使い、28日の朝、玄関ドアに鍵をかけて衝立で覆い、最後の雪囲い作業を終えた。そして「1年間!ありがとうございましたあ!」と大声で小屋に向かって挨拶して山を下りた。

 今回は新幹線で長岡に行き、軽自動車のレンタカーで現地での足を確保したが、28日昼の返却前には托念寺に寄っておやじとお袋の墓に花を供えた。11月23日と30日が両親の命日である。

 おやじ小屋の雪囲いと11月の墓参が済むと、やはりホッとする。大げさに言えば、もうこれで正月が迎えられる、という気にもなる。まだ1ヶ月残っているんだけど・・・。