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2011年10月12日(水)晴れ
島根の山旅(プロローグ)
 昨日、先月29日から出掛けた13日間の島根県森林調査の仕事から帰って来た。

 今回も新潟県村上の調査でご一緒させていただいたHさんとのペアで、県の中央部を流れる石見(いわみ)の国の大河「江の川」(ごうのかわ)流域の森林と、県西部にある山陰の小京都「津和野」の山の調査だった。
 そして今回は、いたる所で野に咲く真っ赤なマンジュシャゲを目にし、キンモクセイの濃厚な香りに包まれた13日間だった。厳しい沢登りや急峻な崖を攀じたりと、これはいつも通りの苦しい山行ではあったが、連日調査ポイントの行き帰りに眺め続けた「江の川」の悠然とした表情には心底癒される思いだった。
 さらに津和野で宿をとった5日間では、時間を見つけては古い町並みを散策した。それは朝飯前のまだ薄暗いうちからの散歩だったり、雨に祟られて早上がりした時の夕飯前の駆け足散歩だったりしたが、白壁の塀沿いの掘割に泳ぐ錦鯉に見とれたり、津和野出身の文学者森鴎外の旧宅や日本近代哲学の父と言われた西周の生家にも足を伸ばすことが出来た。

 そして津和野での何よりの思い出は、この二人の逸材も学んだという藩校「養老館」の門前で、ご当地の二人の老人と一緒にレコードに合わせてラジオ体操をやったことである。
 早朝散歩で、自転車を押してきたお婆さんにニコニコと誘われて養老館までついて行き、その掘割を渡った門の下に、何と昔懐かしい45回転のドーナツ盤のラジオ体操のレコードがあった。蓄音機からの音声は第一体操だけの音楽だったが、流れ出る体操先生の掛け声は、遥か昔の真空管ラジオで聴いたくぐもり声で、手足を動かしながら涙ぐんでしまいそうだった。

 旅の最終日、昨日は「出雲縁結び空港」に向う途中で、「俺達もう全然資格無いけど、やっぱりここまで来たら縁結びの神様にお参りしてから帰らないとねえ」と、出雲大社に参拝した。普段よりちょっと奮発してじゃらじゃらとお賽銭を投げて、二礼四拍して拝むのがこの神社の慣わしである。奮発した分、当然神様へのお願いも盛りだくさんにさせてもらった。
 出雲大社でおみくじも引いた。これ以上無いような凄い運勢が出た!ここにその文を書きたいけど、書かない。書くと運が飛んでしまうような気がする。しかし、このおみくじの有効期間はいつまでなのだろう?まさか、今年一杯で終わりじゃないよね!

 これから13日間の「島根の山旅」をアップしたいけど、明後日(14日)からはまたおやじ山に入るし、時間が無くて悩ましい次第である。それで何枚か取り敢えず写真を掲載します。


   キンモクセイの濃厚な香りに誘われると・・・         そこに恋が(じゃなかった)鯉、と津和野美人が・・・

   早朝散歩で、まだ明りが灯る堀割と・・・                 しらじらと明け始めた古い町並み

    津和野藩校「養老館」の門前で・・・                『はい!元気よく〜、ラジオ体操〜第一!』

      明治の文豪、森鴎外旧宅と・・・                   日本近代哲学の父 西 周 生家

  石見の国の大河 「江(ごう)の川」 鮎漁の舟と・・・               暮れなずんでいく川面

      鮎漁を終えて川舟は帰る・・・                     静かなり・・・ああ、静かなり・・・

 縁結びの神「出雲大社」神楽殿の絵馬には・・・   「賀南子が良縁を得て、主人・一雄さんの・・・」と願いもいっぱい