山のパンセ(その62)
 雪中の彩り


 2014年1月中旬、厳冬期のおやじ山に入った。前年12月におやじ小屋の雪囲いを済ませて山を下ってから、ちょうどひと月目の再入山だった。新年に入ってからテレビの気象情報が頻りに日本海側の雪だるまを描くようになり、たまたま長岡での小用の機会に小屋の雪掘りをやることにした。
 入山初日は雪国には珍しく好天に恵まれたが、その後は薄暗い雪空の日が続いた。おやじ小屋の周りは、まさに白い雪と黒々とした立木の森とが織りなすモノトーンの世界に包まれていた。零下4度の朝は、凍りついたおやじ小屋のドアを拳で叩いて外に出ると、薄墨色の風景がピタリと時間を止めているのだった。その荘厳な沈黙を目の前にして、思わず息を止めざるを得ないような不思議な感慨と感動を持って、俺はおやじ小屋の前に佇んでいたのである。揺るぎない自然とこんな風に対峙したことが、今まであっただろうか。

 そして下山の日が来て、再び小屋の雪囲いを済ませておやじ山を後にしたが、その途中で目にした意外な色彩に心を奪われた。それは秋の実の冬枯れた姿だったり、春を待つ冬芽の面白さだったりしたが、それらの色合いの何という奥深さだろう。江戸の昔から「四十八茶百鼠」(しじゅうはっちゃ・ひゃくねずみ)と、鼠色にも100種の色彩があると言われてきたが、まさに厳冬期の雪の中に見つけた自然が醸し出す色彩の豊かさに、今更ながら感嘆させられたのである。
 
 以下は、新雪が降り積もり僅かに残った入山時の踏み跡を慎重にトレースして山を下りながら目にした「雪中の彩り」である。
 
【オオカメノキの岱赭(たいしゃ)】主枝からツンツンと伸びた小枝の先に、ずらりと「岱赭色」の冬芽が並んで、まるで冬の妖精たちのラインダンスである。丸い花芽の顔がニコニコと笑い、その両脇から真上に伸びた葉芽は、嬉しくて両手で万歳しているようである。

【オオバクロモジの鶯茶緑(うぐいすちゃろく)】オオカメノキが妖精たちのラインダンスなら、クロモジの冬芽はバレリーナのソロである。少し赤味のさした黄土色に薄い緑色が混じった「鶯茶緑」の尖った葉芽と脇に付いた丸い花芽の形が、チュチュ衣装でスッと爪先立ったバレリーナを想起させないか?

【タムシバの薄墨色(うすずみいろ)】冬の最中(さなか)にあってタムシバの冬芽だけはヌクヌクと暖かそうである。「薄墨色」のビロード衣装をしっかりと纏って、雪解け直後のおやじ山の彩りに備えているのである。

【アズキナシの臙脂(えんじ)】昨秋鈴生りだったアズキナシの枝が、たくさんの実を残したまま灰色の空にシルエットを描いていた。じっと目を凝らして見ると、その一粒一粒が「臙脂」の輝きで、まるで冬空に珊瑚を撒き散らしたような美しさなのである。

【ナナカマドの上朱(じょうしゅ)】ナナカマド(正式にはサビハナナカマド)の鮮やかな「上朱」の実は、モノトーンの雪山の中で一際目を引く存在である。先のアズキナシもナナカマドもいまだ実を付けているということは、冬鳥が北に帰る春先には甘く熟して、鳥に運んでもらう北の大地での生存戦略だと考えられている。

【カンタケの金黄土(きんおうど)】晩秋から初冬の時期に発生するので寒茸(かんたけ)の名がついた。雪が無ければ冬枯れの景色に紛れてしまう「金黄土」のカンタケも、白いキャンバスの中では、俄然渋味の効いた存在感を出すのである。

【アオハダの栗皮茶(くりかわちゃ)】秋には鮮やかな紅色の実を付けていたが、今や冬の寒気にもまれて穏やかな「栗皮茶」になって残っていた。主枝から等間隔に並んだ小枝の先で、「春よ来い♪」と歌っているようである。

【コシアブラの利休鼠(りきゅうねずみ)】「利休鼠」は千利休に由来する色で、わずかに抹茶色がかった鼠色のことだと教えられた。秋の黒い実が冬枯れて侘び茶色となり、その実をヒヨドリたちが頻りに啄んでいた。

【カキノキの鈍色(にびいろ)】「鈍色」とは別れの悲しみを表す墨染色の色彩だと聞いた。おやじ山から麓のスキー場まで下り、そこからさらに栖吉のバス停まで歩くのだが、その途中に一本の柿の木がある。銀白の平原に孤高に立つ「鈍色」の柿の木に、しばしの別れを告げたのである。

 雪解け後の春の季節には、踊るような草花の華やかさがあり、むせる草いきれの夏には、燃えるような原色、そして秋には、絢爛としたもみじの錦繍がある。しかし厳冬期のモノトーンの世界にも、かくも味わいある深い色彩が潜んでいたとは・・・!