山のパンセ(その18)

おやじ山の秋・2007

<その2−花とドングリの怪ー>

 不思議な事が起きた。秋の山に早春から春に咲く花が咲いたのである。街中や公園で桜の狂い咲きは見たことがあるが、おやじ山で山野草の狂い咲きは初めてである。
 10月26日、おやじ小屋への山道をカサコソと枯葉を踏みしだきながら歩いていたら紫色の小さな花が目に留まった。「あれ?」としゃがみ込んで見ると、何と春に咲くスミレである。長岡ではこの日の前々日(24日)と前日(25日)はこの秋一番の冷え込みで、午前6時の山の気温は9度だった。しかし両日とも日中はポカポカとした小春日和で、26日は曇天とはいえ一日中温かな日和だった。おやじ山のスミレもこの寒暖の差に迷わされて、これから雪の時期だというのに「早まったか!」とさぞ地団駄を踏んだに違いない。
 しかし狂ったのはスミレだけではなかった。11月7日、やっぱりおやじ小屋への山道を「キノコ目」で歩いていると、何と真っ赤なユキツバキが目に留まった。日本海側の多雪地帯に咲くユキツバキは4月から6月頃まで咲く春の花で、ヤブツバキのように冬の花ではない。そして同じこの日、今度はキャンプ場の炊事場で夕飯の米を磨ぎ終わって「さて・・・」とテントサイトに引き返す時にオオイワカガミの花を見つけてしまった。まさに早春に咲く花である。1種ならず3種もの狂い咲きを見せ付けられると、こちらの脳もいささか狂い出して「はて、今は確か秋の筈だが・・・?」としばし腕組みして考え込んでしまった。
 おやじ山では今年(2007年)の春、例年になく樹木に沢山の花が咲いた。その中で里山の優先種コナラやミズナラも例外ではなく、春には咽るほどの花序を垂らして秋の豊富なドングリの実生りを予感させていた。昨年はブナをはじめコナラもミズナラもブナ科の実生りがさっぱりで、お蔭でクマ騒動で持ちきりだった。しかし今年はナラ実年やブナ実年となって安心だと思っていた。ところがどうだろう。この時期、空を仰いでナラの梢を見渡しても一粒のドングリも生っていない。「はて?」と地面に目を落とせば、そこには無残に落ちた未熟なドングリがびっしり地面を覆っている。いつ大量落果があったのか分からないが、多分、あの9月の猛烈な残暑続きの時期だろうと推測している。こんな事も今まで無かった異常な現象である。
 キャンプ場のコナラの木の下で屈んでいる人を見つけて尋ねてみたことがある。「何やってんですか?」「ええ、子ども達にネイチャークラフトを教えようと思ってドングリを捜しているのですが、大きいのが全く無くてダメですね」と浮かぬ顔付きである。クマのみならず(それにしても今年はまだクマ騒動が起きないのはどうしてだろう?昨年大量捕殺したせいで絶滅危惧種になってしまったのかも知れない)ネイチャークラフトの先生も困り果てているのである。
 11月8日、立冬を迎えたおやじ山の朝の気温は8度まで下がった。おやじ山に多いコシアブラの葉が薄緑から抜けるような透明な黄に変ったが、コナラはまばらに色づきはじめたばかりである。暦の上では冬になったというのにコナラは今だ初秋の装いである。(2007年11月19日 記)