山のパンセ(その45)

おやじ山・春の女神

 おやじ山の宝物の一つは、ギフチョウがいることである。まさに「春の女神」と呼ぶに相応しい優雅な蝶で、その飛翔する姿を目にすると、「ああ、雪国にも本格的な春がきたなあ〜」と心底胸が躍るのである。東山の麓からおやじ小屋に向かう山道を歩いていると、まるで足元にまつわりつくようにしてヒラヒラとギフチョウが戯れて、まったく足を止めざるをえなくなる。

 おやじ山では昔から普通に見られる蝶なので、以前はさほど気にも留めていなかったが、数年前から立派な大きな網を持った大人が出没するようになり、話を聞いてみると県外からのマニアで、その筋では「ここは仲間うちでは隠れた穴場として有名ですよ」と言うのである。
 その後、心配になっていろいろ調べてみると、ある地域では天然記念物に指定されていたり、何と地元新潟県の「レッドデータブックにいがた」(2001年版)に載る準絶滅危惧種、足元の長岡では「長岡市稀少生物の保護等に関する条例」の<保護対象動物>にも指定されていたのである。

 さらに2010年に、全国森林調査の仕事で岐阜県内を回った折、たまたま揖斐川町谷汲に宿をとったが、近くに「昆虫館」があって中に入ってみた。そこに掲げてある大きなパネルにはギフチョウの写真と次ぎのような解説が書かれていて、まさにこの蝶の地元での厚遇ぶりと保護の熱意には驚いてしまった。そのギフチョウの本家を名乗るパネルの文章である。

  『ギフチョウは明治16年(1883年)、4月24日、岐阜県農学校の博物学助手だった名和 靖
   (なわ やすし)氏によって、岐阜県郡上郡祖師野村(現在の益田郡金山町祖師野)で発見
   されました。
   そして明治18年には、揖斐郡池田町の霞間ヶ谷や、この谷汲などでも発見されたのです。
   云々・・・』

 そこであらためて、遠くから捕虫網を持ってくる人や地元のマニアの人たちにも、「皆さん、どうかおやじ山のギフチョウを大切にしてくださいね」と思いを込めて、この章をおこした次第である。

 ギフチョウの生態

 <成虫の羽化と交尾>

おやじ山にギフチョウが飛び交うようになるのは、4月15日頃から約1ヶ月間(5月中旬まで)である。
羽化からの生存期間は10日から2週間位といわれ、オスはメスより1週間ほど早く羽化する。これはオスが花の蜜を吸ってメスとの交尾に備えるためである。
ギフチョウの雌雄の区別は、メスの方が形が大きく腹も太いことであるが、同じメスでも交尾前と交尾後では微妙に姿が変わる。それはメスの交尾後には尻の周りに交尾板というものが着いて、他のオスとの交尾を遮断する役目を持っている。


 <産卵>

産卵の開始は4月20日頃から約1ヶ月間(5月20日頃まで)である。
おやじ山にはコシノカンアオイ(環境省/新潟県:準絶滅危惧種)がいたる所に生えており、この若葉の裏に産み付ける。
卵は直径1mm程のまるで真珠のような美しい光沢で、1度の産卵で5、6個〜20個である。


 <孵化>

産卵からおよそ10日〜2週間で孵化して幼虫になる。幼虫の大きさは2、3mmで黒い色をしている。
おやじ山で幼虫が見られる期間は5月初旬から6月中旬頃までだが、ピークは5月20日頃である。
孵化したばかりの幼虫を1齢期幼虫といい、5齢期幼虫になるまで脱皮を繰り返す。
そして3齢期までは集団で孵化した同じカンアオイの葉の下で生活しているが、4齢期になると別々に行動するようになり、5齢期(終齢幼虫)になると、蛹になるための準備に入り、1日3枚ほどの葉を食べるほど食欲旺盛になる。


 <蛹>


孵化から約30日で蛹になる。
蛹は帯蛹のままと、木の根元や落葉の裏など、直接雨、雪の当たらない場所に潜んでいる。
そして夏、秋、冬と10ヶ月間をじっと過ごすのである。


 <羽化>

4月中旬、蛹は春の気配を感じて羽化がはじまる。
蛹から出ると、すぐに木の枝に登り、羽を伸ばす。
そしておよそ1時間ほどで完全に羽を広げて成虫となる。


<写真の一部と解説文には、岐阜県揖斐川町谷汲「昆虫館」のビデオ映像を参照させていただきました>

                                  (2011年2月21日 記)

(参考:おやじ山・ギフチョウの経過図)