山のパンセ(その43)

郷土の方言ー「虫」編 (高橋八十八著「わたしの落穂拾い集」<第4集>より)

 密かに敬愛している奥越後松代(現、新潟県十日町市)に住む高橋八十八氏より、先日19冊目の著書「わたしの落穂拾い集」第4集がおくられてきた。
 序文には、長く自費出版を続けてきたが、氏自身が既に数え年80歳で傘寿に相当する年齢となり、本号を以って最終号として「筆を折る」ことに致します、と書かれてあった。
 本号を開くと、氏の最も得意とする「植物」「動物」から「雑記」「紀行」「艶笑譚」(これも昔話収集家でもある氏の得意とするジャンルかもしれない)まで幅広く収められており、改めて氏の博覧と強記ぶりに感服してしまった。
 本書の中に「郷土の方言博物誌」(山岳雑誌「アルプ」投稿記事より)と題する章があり、そのまま読み捨ててしまうのはもったいなくて、(氏には申し訳ないが)それぞれの練達な文章のなかから勝手に拾いとって以下にまとめさせてもらった。(主に新潟県中越地方で昔から呼び慣らわされていた動植物の名前。今回は「虫」についてまとめた)<下表の参考写真は「ウィキペディア・フリー百科辞典」「昆虫エクスプローラ」その他より>

方 言 正 式 名 参考写真
ジカキムシ 【ミズスマシ】
さながら字を水面に書いているような動きから「字書き虫」である。
ヒョッコントビ 【アメンボ】
ミズワタリ、カワグモの別名もある。水面をひょっこんと跳んだりして滑っているので。
ミズコグリ 【マツモムシ】
潜水の名手であるところから「水潜(こぐ)り」の名が付けられた。また逆さの姿勢で泳ぐところからサカサカ(逆々)ともいわれる。
タイコタタキ 【ミズカマキリ】
早くもない犬かき泳ぎで水中を散歩している。小さな鎌で小動物を捕らえて体液を吸うのか、口はおちょぼ口で、本物のカマキリのような凄味はない。呼吸器の尾が二本長くのびている。
カシウリ 【コオイムシの雄】
水の中にも菓子屋さんがいて、背中一面にだんご菓子を背負ってやってくる。別に菓子を売りに来たのではなく、妻に背中一面に卵を産みつけられて、後生大事に背負っている子煩悩の雄である。
ジッチ 【セミの総称】
アブラゼミの鳴き声から、ジッチといえばセミの総称である。カンナリジッチ(雷蝉の意。エゾゼミ)、カナカナジッチ(ヒグラシ)、マメジッチ(豆のように小さいから。ニイニイゼミ)
ドウネンボ 【セミの幼虫】
モンザラともいう。もんざらもんざらと歩くところからの名で、ドウネンボの意味は不明。道念坊か?ヒグラシの抜け殻はスマートですきとおり、ニイニイゼミは泥だらけである。
ハラタチギッチョ 【カマキリ】
腹を立てて、すぐ鎌をふり上げ、翅をひろげて威嚇するからである。メスがオスの首根っこを鎌ではさんで、頭からポリポリ食う。女房が亭主を食うのである。
アトザリムシ又は
ハッコ
【アリジゴク】
この虫をすり鉢状の穴から掘り出して掌の上で「ハッコハッコ起きれ、お茶のみに起きろ」とか言ってゆすると、ハッコは後ずさりする。ハッコの名の起こりは不明。
ハッコムシ 【ハンミョウ】
高橋新吉老の話「おれが子共ン頃は、よくハッコムシ釣りをしたもんだ。アサズキの葉っぱを穴に差し込むと、中でツンツン・・・そこでサッとそれを引くと・・・」
ヤゴメムシ 【ゲンゴロウムシの幼虫】
「執念深い虫で、喰っつかれると雷が鳴らんけら放さねっていわれるすけカンナリムシともいうが・・・」ヤゴメとは寡婦のことで意地が強いとみてヤゴメムシ・・・
ドンボ 【トンボ】
アネサドンボ(イトトンボ)、ジウゴヤドンボ(アカトンボ)、アカドンボ(ショウジョウトンボ)、ミツドンボ(ギンヤンマ)、オオヤマドンボ(オニヤンマ)
シナンタロウ 【クスサンの幼虫】
クリケムシ、シラガタロウとも言われる。体を引き裂き、中から糸状のものが出てくるのを酢の中を通すと、丈夫な糸になる。テングスと言ったが天蚕糸(てぐす)になった。
ヤマッコメ 【ヤママユの繭】
ヤマッコメとは山米の意で形が米粒に似ているので。ヤマッコメを地炉の火で黒焼にして、小皿の上ですりつぶして粉にし、砂糖をまぜてなめた。疳に効くといわれた。
シバムシ 【イラガの幼虫】
夏、潅木の中をかき分けて歩いていると、ピリーッとした刺激が手やひじのあたりに走る。シバムシに刺されたのである。毒針が皮膚の中に残るから触れると何度でも痛む。
アリゴ 【アリ】
アリをアリゴという。蟻子というのかどうかわからない。「アリゴの尻(けつ)をなめると、力が出る」という諺があってクロオオアリを捕まえて尻をなめたがピリピリッとする味だった。
ヘッコキムシ 【ミイデラゴミムシ】
ヘッコキムシを鎌の峯で軽く押えるとプッと小さい音とともに白い煙が尻から出る。屁を放ったのである。すぐ逃げようとするが、また押さえ込む、またプッと放つ。これを繰り返すとさすがのヘッコキムシも屁が無くなって恥じ入るように草むらに姿を消す。
ナランキムシ 【ヤマカミキリの幼虫】
ワッツァバ(薪)作りでナラを割っていると中から虫が出てくる。ナランキムシと呼び、地炉の熱灰の中へ入れて火箸でころがすと、ぷーっとふくれてきてプツンと弾ける。これを小皿に入れて醤油をかけて、一匹ごとワリワリと食ってしまう。
ヤマブシ 【ゲンジボタル】
♪ホーホーホタル来い ヤマブシ来い 行燈(あんどん)めがけて また出て来い とか歌いながらホタル狩りをした。蛍は古くは”験師(げんじ)”といっていて、験師とは修行者、すなわち山伏のこと。
オニムシ 【クワガタムシ】
オニムシとは、クワガタムシのことで、ノコギリクワガタが主である。この虫は非常に怒りっぽくてドシドシと木に震動を伝えると怒り心頭に達して、頭を持ち上げ、さらにドシーンと震動すると前足を木から離して後ろから落ちてくる。これを拾うのである。
ゴトゴトゴイス 【ツクツクボウシ】
「ゴトゴトゴイスが鳴くすけ、キビ(トウモロコシ)に実がいる(熟す)ど」「ゴトゴトゴイース、ゴトゴトゴイース、ジワジワジー、そって鳴くんだがな」と亡母は説明したのを幼い日に聞いた。
マメマキドリ 【ハルゼミ】
田植頃のこと。どこからか遠くの方で、ギーズギーズギーズーという嗄がれた声が聞こえてくる。「マメマキドリが鳴くすけ、豆蒔かんけんねえ」と村人はいった。遠くで鳴くので姿なんか知らんから、鳥の一種だと思っていたのである。
ベットウ 【蛾の総称】
蝶はチョウチョで、ベットウは別蝶からか、それとも女の髪飾をべっとうというから、ガの触角を髪飾に見立ててべっとうといったのか、定かでない。