(その11)
今年のクマ被害
2006年の秋、9月下旬から10月中旬まで21日間おやじ山で過ごした。おやじ山に入る前にテレビや新聞であちこちのクマの被害が報道されていた。そしておやじ山に籠もってラジオを聴いている時にも、例えば10月1日のニュースでは南魚沼市六日町でクマの駆除中に出会って顔を引っかかれて大怪我をする事件や、岩手県北上市ではきのこ採りの最中に、そして岐阜県飛騨市や北海道日高市でもツキノワグマやヒグマによる被害が相次いだ。それから久々に山から帰って自宅で新聞を開いたら、またクマ被害の記事である。全く痛ましい限りだが、おやじ山を見る限り(多分全国的に同じ様な現象が起きていると思われるので)これは必然の結果であると思っている。
今年はクマの餌となる木の実が圧倒的に少ないのである。それに想像するに、子グマの数が例年になく増えているはずである。この根拠は昨年はブナ実年(7〜8年周期のブナの大量結実)とナラ実年(ミズナラやコナラの大量結実)が同時にきて、クマの餌が豊富となりたくさんの子グマが生まれて生長したはずである。そして今年は昨年実をつけた木々が体力回復のために実を少なくして休息した年である。餌の無くなった山から子沢山の親グマが子連れで里に下りて来ざるを得なかった、ということだろう。
そして今年の秋、もう一つおやじ山で分かったことがある。ミズナラやコナラの実の他に他の樹木の実も不作なのである。一人でおやじ小屋の修理をしていたある一日、毎年おやじ山にきのこ採りに来ている地元の夫婦がやってきた。例年より8日ほど遅れたが、ようやく3日前からきのこが出始めて夫婦の籠も一杯のきのこである。そしてこの夫婦が言うことには「先日、いつもの所へトチの実を拾いに行ったら、実が小っちゃくて普通の半分くれえしかね(無)えがてえ」そして「クルミも何だか少ねえし、実も小っちぇえてえ」「ナナカマドの実も今年は何だか寂し気だし・・・」などと言うのである。そう言われてみるとホームページに載せようと狙っていたおやじ山のガマズミやオオカメノキの赤い実が、今年は何とも少なくて貧弱なのである。そして餌が見つからないせいだろうか、この秋には昼の森の中でノウサギやリスの姿を何度か確認した。警戒心の強い野生の動物たちが真昼に人前でウロウロすることなど切羽詰った以外はあり得ないことなのである。
今年のクマ被害だけをとって云々はできないが、私には森林生態系が崩れ始めているのではないか?との危惧がある。森林生態系とは、森林を構成する生物(樹木や草花、獣や小動物、きのこや微生物)がお互いの食物連鎖や三者間(植物&動物&微生物)の共生・相利の相互作用を通して形成される森林内の素晴らしい循環システムのことである。この恩恵を森の動物達と同じ生き物としてのヒトも長い間享受してきた。そして森林生態系のバランスが崩れることは、とりもなおさずヒトも大きなダメージを受けることになるのだ、と思っている。(2006年10月19日 記)
(追記)10月31日朝日新聞および11月1日のNHKで、今年度、農作物被害や人身事故で捕獲されたツキノワグマは全国で2956頭に達し、人身事故も死者5人、けが122人の127人となり過去最悪となった、と報じられた。ツキノワグマの餌となるブナの実の不作に加え、山林放置による藪化がクマの生息域を里まで進行させた結果である。日本クマネットワークの坪田岐阜大教授は、3千頭近いツキノワグマの捕殺は、生息数が1万5千から2万頭とされる個体群に重大な影響を及ぼしかねない、と警告している。冬眠までの間、食欲旺盛になったクマの被害はまだまだ続くだろうが、対策は檻を増やすことではなく、里山の手入れや広葉樹林の山作りなどクマとの共存の道を探るべきである。(11月1日 記)