山のパンセ(その12)

「カマキリは大雪を知っていた」にビックリ!

 ひょんなことから郷里の新潟県長岡市在住の酒井與喜夫さんという方が書いた著書「カマキリは大雪を知っていた」(農山漁村文化協会発行)を読んだ。私がガキの頃に良く耳にし、また自分自身でも言っていた記憶がある「今年の冬はカマキリの卵が高い所にあるすけえ、大雪だてえ」とか、反対に「カマキリが低い所に卵を産んだすけえ、今年はそんげに雪が降らんからいい按配だてえ」という雪国での伝承を、40年にも及ぶ地道な観察と研究で証明して見せたのである。更にこの本には、カマキリの天候に対する素晴らしい予知能力とその予知を可能にする「ある現象」が書かれている。郷里に住んでいる方が書かれた著書であり、昔を懐かしく思い出させてくれる内容だったのでとても親しく興味深く読むことができた。

その概要を紹介をさせていただこうと思う。

 先ずは、『カマキリがいつ卵を産むか?何故その時期なのか?』である。

 雪国でのカマキリの産卵場所は、平年積雪のおよそ3倍程度の高さの杉の木が多い。杉のトゲトゲの葉が親カマキリや卵(正式には卵ノウ)を狙う鳥が嫌うこと、そしてこのクサビ形の葉に卵ノウがひっかかり易いこと、さらに葉の裏側に産みつけられた卵は積雪で枝が垂れ下がった時、杉の葉が内側(幹の方)に卵を包み込むようになるので卵ノウが雪から守られること、などが考えられる。産卵の時期は通常9月初旬から10月一杯、ふ化は5月上旬からで3〜4日雨の降らない穏やかな天候が続く日の朝からである。そして親が選んだ産卵場所付近には子カマキリが好物のアブラムシやカイガラムシの餌場が用意されている。

 雪国越後では、カマキリの初産卵から約90日で初雪が来る。つまり通常の9月初めに初産卵が見られれば初雪は11月末頃となる。時に10月上旬まで初産卵の時期が延びると、その冬の初雪は翌年の1月上旬となる。そして産卵の最盛期からこれも約90日で根雪となる雪が降る。(根雪とは初雪が一度融けた後に降る翌年の春まで融けない雪のこと)通常の産卵ピークは9月下旬なので根雪は12月下旬となる。(因みに今年2006年の長岡の初雪は11月12日−ちょうどおやじ山にいて腰を痛めた時−大嵐でミゾレが降ったがこれを初雪というのかどうかは不明?根雪は12月28日の夜からの雪である。これも不明である。寒波の襲来で28日から29日にかけて日本海側の山沿いで50センチほどの雪が降ったというが、大晦日の31日に長岡市営スキー場に電話をしたら僅か10cm程の積雪だという。この後融けてしまったかどうかは未調査である)

 何故この時期の産卵なのかは、カマキリが卵ノウを守るために将来の気候、即ち冬の寒気の様子を正確に把握しているためである。(理由は後述)卵ノウは一定の温度でふ化が始まってしまうため早く産卵して冬前にふ化してしまうと生まれた子どもは雪で全滅してしまう。かといって遅い時期では親の体力が持たない。将来の気候を予測し早くもなく遅くもないちょうど良い時期に産卵し冬を乗り切り、年が明けて気温が上昇するのに合わせてふ化を迎えるように調整しているのである。

 次に本題の、『カマキリが産む卵(卵ノウ)の位置が果たしてその冬の積雪量(最深積雪)と関係があるのか?』である。

 著者酒井さんの、まさに40年に及ぶ越後人の粘りの観察と、例えば、調査地点を村単位で5箇所、町単位で8箇所、市単位で10〜20箇所をマークし(後日送って頂いた資料ではこの何倍もの調査地点がプロットされていた)、これを新潟県全県に広げ(さらに県外にも)、1つの調査地点では5個以上の卵ノウを見つけてデータを収集するという実にきめ細かい研究の結果、「密接な関係あり」である。

 カマキリは「その冬一番の積雪面付近に伸びた枝に産卵する必要があり、結局その冬の最深積雪の深さにも等しくなる」が結論である。1本の杉の木にバラけて産んだ卵も冬になって雪の重みで枝が垂れ下がると、皆近似した高さに卵ノウの位置が揃う。即ち枝の先の卵は雪の重みで大きく下がり、幹近くの枝の卵は少ししか下がらない。この積雪で卵ノウが下がったところの位置がカマキリが予測した最深積雪なのである。同じ地域でも日の当たらない北斜面では卵ノウの位置は高く、日の当たる南斜面では低い位置に卵ノウが産みつけられることも分かっている。また雪国では「一里一尺」という言葉があり、4キロ離れれば30cm積雪が違うという言い伝えである。カマキリはこれも予知して卵ノウの位置を場所場所で高さを違えて産みつけている。雪国の民間伝承「カマキリの卵が高い所にあれば大雪」は間違い無かったのである。

では、『何故カマキリは最深積雪ギリギリの所に卵を産むのか?』である。理由は、雪に埋もれなくて尚且つ餌不足の冬の鳥の餌食にならないため、である。木の高い所と雪面ギリギリの所では前者が鳥の餌となる確率が格段に高いからである。

そして最後に、『では何故カマキリは最深積雪を予知できるのか?』である。

酒井さんは人間が空を見て天候を予測する「観天望気」ならぬカマキリの「観地望気」、即ち大地からのある情報をキャッチして積雪量を予測しているのだ、と言います。
 その情報とは、酒井さん手作りの「地獄耳」というセンサーで探り当てた地中から杉の幹に伝わってくる微弱な振動音である。そしてこの振動音は木の幹のある一箇所(幅1cmほどの他より乾燥した部分)で大きくなることが分かった。植物の葉が「気孔」の開閉によって水分を調整する働きと同じように、幹の特定の部分にあたかも「逆止弁」のように作用して地中の水分に応じて上下しながら乾燥からの防御を行っているのではないか、ということである。この「逆止弁」の高さこそ冬の積雪量の目安であり、カマキリは振動を手がかりに逆止弁を探り、その付近の枝の高さに産卵することで卵ノウの安全な冬越しを図っている。因みに逆止弁のない(できない)枯木や枯れ枝にはカマキリは殆ど産卵しないのである。

そしてこの「逆止弁」を探り当てる能力はカマキリだけではなく、イラガも殆どカマキリと同じ高さに繭を作って(イラガは9月下旬頃にいっせいに繭を作る)冬の積雪に備えている。春に巣づくりをするアシナガバチは、振動の大きなこの逆止弁の位置に巣を作ることで、その年の夏の雨が多いか少ないかを予測している。民間伝承の「ハチが河原に巣を作る年は旱魃になる」は、まさにこのハチの予知能力を示しているのである。(そして後日、著者の酒井さんからお送りいただいた資料の中に、モズの「はやにえ」の位置も、この逆止弁を探り当てて利用しているのだと書かれてあった)

さらに酒井さんは次のようなことも指摘しています。カマキリが産卵し卵ノウが乾くまでに必要な時間は4〜5時間であるが、産卵時期の秋の天候は非常に変わりやすいにもかかわらず、卵ノウが乾くまで雨が降らないことをカマキリは非常に高い精度(失敗したケロイド状の卵ノウの出現率は0.1%程度)で予知していること。また「草やぶに虫一匹見当たらない時は相当に強い風雨がやってくる前兆」であるが、地中からの振動音で調べると、振動が小さくなってからの天候の悪化は、標高150m以下の平野部で6時間後、標高150300mの中山間地で4時間後であることも突き止めている。

即ち、地球は1つの大きな発電機のようなものであるが、気象とは、この地球の「発電現象」の結果そのものではないか、そして気象予測は大気の現象を調べるより地球の発電現象を調べたほうが早いかも知れず、感度の高いセンサーを持つ動物や昆虫はこのようにして地球の発電に伴う微弱な振動を鋭く察知して自然現象を予知してきたのだ、と酒井さんは結論づけています。


さて冒頭にも書いたが、雪国で交わされてきた昔からの言い伝えをヒントに、まさに越後人の粘りで研究を続けてこられた著者に感服してしまった。そして昔を実に懐かしく思い出させてくれる内容に、同郷人としての何とも言えない親しみのようなものを感じた。それで、この本に出会った言わばお礼のようなつもりで著者の酒井與喜夫氏にお手紙を出した。どこの馬の骨かも分からない見ず知らずの人間からの突然の手紙に、酒井さんはさぞビックリされたことであろう。

新年を迎えた正月2日、酒井さんからのお便りが届いた。丁寧なお返事には積雪の予測は今では測定機を使って判断していること(カマキリの素晴らしいセンサーを酒井さんの長年の技術の成果でご自身が持つに至ったようである)、そして地震予知ではやはりカマキリや昆虫の生態から判断して予告をしていることなどがしたためられてあった。そしてさらに、興味あるたくさんの資料が同封されていた。

その中には酒井さんが長く発行を続けている「冬を占う」という新潟県内の毎冬の積雪予報誌があり、それを読むと今年の冬は「昨年大雪だった地域に再び大雪の傾向」と、先の気象庁の「暖冬少雪」発表とは異なる予告の内容である。この冊子には全県下各地域の最深積雪の予想値が詳細に載っており、因みにおやじ山の麓当たり(栖吉)では136p、実家の当たり(上前島)で164p、おやじ山から5,6km離れた山古志(新潟県中越地震で大被害を受け全村民が一時離村した地域)では247pとあった。(そして「長岡市の山間部で多いところでは300pを越えると予想」とあるので、昨年の「平成18年豪雪」とほぼ同じということになる)

また、つい先日(平成181215日)発表した新潟県下の平成191月から5月までの空模様の貴重な予想データもお送りいただいた。資料によると、長岡地方の空模様は、寒気・大荒れ予想が15日頃から10日までと12324日頃、そして278日と11日から15日までとあり、エルニーニョの影響か1月上旬以降が少し暖かそうだが、3月中旬以降は少し寒い春になりそう?とあった。(こんな貴重な情報を許可なくここで公表?してしまって良かったのでしょうか?)

他の資料には、あの平成161023日に発生した新潟県中越地震に触れたものもあった。この年、震源地付近の小千谷市西部を中心にカマキリの卵ノウの位置は地上から13m、前年より一挙に8mも高く、杉の木の頂あたりに産み付けられていた。そこでこの異常に気づいた酒井さんは9月中ごろから地震の発生予告をし始めたのだが、積雪予報誌「冬を占う」に警告を書き印刷が済んだ時に、残念巨大地震に見舞われてしまったのだと悔いていた。

酒井さんが昨年、「暮らしの手帖」に載せた「カマキリの雪予想」は、日本エッセイスト・クラブ編(文芸春秋刊行)「2006年版ベスト・エッセイ集」に選ばれた。(そしてこの刊行物の表紙に「カマキリの雪予想」の題名がチャンピオン名として載った)
 酒井さんはこのエッセイで、「人類を生み育ててくれた大自然、植物や昆虫、動物たちが健全に生きられてこそ、人も健康で長生きができると思う。今、私たちは、自然から学ぶことを忘れてしまったようだ」と書いておられた。
 新しい年の初めに読んだ重い言葉である。

(平成1915日記)