山のパンセ(その75)

 学生の姿が見えない


 2015年6月14日(日)、「戦争させない・9条壊すな 総がかり行動 戦争法案反対国会前集会」に行ってきた。「戦争法案反対!」「憲法守れ!9条壊すな!」のシュプレヒコールの後、野党各党の代表、ジャーナリスト・鳥越俊太郎のアピール、政治学者・山口二郎の火の出るような演説(凄い迫力だった!)などがあった。

 俺がこの集会に参加したのは、もちろん安倍内閣が進めている安全保障関連法案に断固「ノー」を突き付けたいためだが、真の理由は「デモするためにデモに行った」のだ。デモする社会こそが民主主義の基盤だと信じているからである。
 戦後70年のいま、この国のかたちが大きく転換されようとしている。国会で論戦が繰り広げられているが、その応酬もむなしく空回りしているように思える。そんな時、国民自身が「おれたちの問題」として街に出て声を上げるのは当然の行為なのだ。
 作家高橋源一郎がいみじくも言っている。『誰かが楽しい社会を作ってくれることを待つのではない。社会を作るプロセスの一つ一つが、自分を変え、それに関わる相手を変えてゆく。変わってゆくことは楽しい、と人びとが知ったとき、そこに「デモする社会」が生まれている』と。

 6・14の今次集会には主催者から2万5千人の参加があったと発表された。しかしその参加者たるや、俺が国会正門前に陣取って周囲を見渡した限りでは、悲しいかな殆どが老人である。若い人達、とりわけ学生たちの姿が見えないのである。

 これが今の日本の象徴だと思った。いつの間にか日本人は、「デモが出来ない国民」になってしまった。その責任は、政治家だけではない。今、国会前で拳を振り上げてるおれたち老人にもあると思った。

 帰りの地下鉄で、黒いリクルートスーツに身を包んだ女子学生たちと乗り合わせ、思わずため息がもれた。
本来ならば若者たちの中で一番時間があり、勉学にいそしみ、己の人生や社会のあり様を考え、路上に出て「社会を作るプロセス」にいつでも参加できる立場にいながら、市場原理主義がもたらした様々な弊害の中で、もがき苦しんでいる。アメリカの公民権運動での87キロの行進、ガンジーが率いたインド独立の380キロの「塩の行進」、それらはただの「路上」が、人生にとって素晴らしい「教育の場」であることを示しているのに・・・。
 (2015年6月15日 記) 
 
(本稿は、「日記-仙人のつぶやき-<2015年6月15日>」日記から転載しました。)