森のパンセ   山からのこだま便  その147(2025・8・23)
「一つのきれいな嘘」は何処へ
 8月21日朝日新聞「折々のことば」で、民族学者柳田國男の著書『不幸なる芸術』のある小文(省略します)の解説を、本欄担当の鷲田清一が次のように解説していた。
『偽りと嘘、ゴマカシとデタラメは、かつて明確に区別されていた。前者は人を欺く虚言。後者は空言(そらごと)。それらを区別せず、子供の無邪気な作り話まで戒めると、空想の力が奪われる。子供がつく嘘に快く騙され「子供のいたいけな最初の智慧の冒険」を成功させることも必要だ。虚言がはびこると子供の育ちの機会まで奪われてしまう。』と。

 この記事から即座に思い出し慌てて新聞の切抜きファイルをめくった・・・。「あった!」
 『「サンタはいる」答えた新聞
(*米ジャーナリズム史上最も有名な社説と呼ばれる)』の見出しで、朝日新聞ニューヨーク支局長 立野純二(当時)が送ってきた2009年12月19日付けの記事である。以下その要旨を記す。

 『19世紀末、ニューヨークに住む8歳の少女が地元の新聞社に1通の手紙を送った。
 「友だちがサンタクロースなんていないと言います。本当のことを教えてください。サンタはいるんでしょうか」
 それを受け取った「ニューヨーク・サン」紙の編集局は本物の社説で答えた。
 「サンタはいるよ。愛や思いやりの心があるようにちゃんといる」「サンタがいなかったら、子どもらしい心も、詩を楽しむ心も、人を好きになる心もなくなってしまう」「真実は子どもにも大人の目にも見えないものなんだよ」
 少女の名前は、バージニア・オハンロン。のちに教師に成長し、学校の校長先生になって、恵まれない子どもたちの救済に尽くした。
 彼女の名を冠した奨学金制度が今月(2009年12月)、ニューヨークにある小さな私立学校にできた。貧しい家庭の優秀な子に授業料を支援するという。その校舎は、バージニアがかつて住み手紙をしたためた、れんが造りの4階建ての家にあった。 ここで学ぶ110人の児童の心には「目には見えずとも大切なもの」が生き続けていると校長は言う。
 米ジャーナリズム史上最も有名な社説と呼ばれる、バージニアへの返信を掲載したサン紙は半世紀前に消えた。
 少女の心の扉を開き、百年の時を超えて人々の想像力のともしびを燃やし続ける一遍の記事を生み出す力が今、私たちの新聞にあるだろうか。
 サンタはいる。そう書ける新聞でありたい、と思う。』
以上である。

 作家開健は自著のなかで、フランソワ・ラブレーの言葉を引いて何度もこう書いている。
 「三つの真実にまさる 一つのきれいな嘘を」

 振り返って、今のアメリカはどうだろうか?いや、かの国に憧れ追随してきた今の日本はどうだ?参院選で躍進した参政党の周囲では陰謀論や排外主義的言説がはびこり、戦後80年のまさに節目の8月に、「南京大虐殺はなかった」などと全国紙で虚言を吐くバカも居て、それらがまたアテンションエコノミーの原理でSNSで炎上する始末である。
 まさにナチスドイツの宣伝大臣ゲッベルスが言った「嘘も百回言えば真実となる」の再来ではないか。
 新聞の本物の社説で「サンタはいるよ」と渾身込めて回答したような「きれいな嘘」は、もう望むべくもないのだろうか・・・・。 (2025年8月23日 記)