山のパンセ(その88)

 鮎と鯉とで鱚をして・・・

   
      (出典:島根県出雲市大社町大鳥居「浪花鮓」)

 余りの馬鹿馬鹿しさに腹を抱えて大笑いしてしまった。寿司屋のカウンターの壁に掛っていた額の中の書?(狂歌?)である。
 昨年12月19日から23日まで、鳥取、島根両県の山々を渡り歩いて森林調査の仕事をし、その最後の宿を出雲大社町の大鳥居に取った。宿の到着時間が遅くなることを見越して夕食抜きで予約し、宿に着いてから教えられた近くの寿司屋に入った。そこで見たのが、これである。俺はカウンターでゲラゲラ笑いながら書き写そうと手帳を出すと、「コピーならあるよ」と、この浪花鮓の主人から貰ったのが冒頭の1枚である。
 
 そしてたまたま、今度は旅先で買った古本(作曲家の團伊玖磨の随筆「エスカルゴの歌」)の中で、偶然下の文章に出会って、全く笑ってしまった。

 『・・・(前略)この間、東京でバスに乗っていたら、いかにも頭の悪そうな学生が二人で話しをしていた。きくともなしに、吊革にぶら下がってきいていたら、こんなことを言っている。
「おめえ、泥鰌がよ、育つと何になるか知ってるかよ」
「鰻になるんじゃねえか?」
「バッキャロ、だからおめえは駄目なんだよう、鮎になるんだとよ、鮎に」
「何?鮎になる?」
「そうよ。<同情>がな、<愛>に育ったっていうわけさ。そんでな、その鮎が何になったか知ってるか?」
「それ位判らあ、鯉だよ」
「あめえ、案外いかすじゃねえか。その鯉が何になったか判るか?」
「?」
「鱚になったんだとよ。日本語で言やあ、アイナメって魚だ」
「あれ、鱚とアイナメは同じ魚なのか?」
「アッタリメエじゃねえか、キスは英語だろう?愛して舐めることなんだから日本語じゃ、アイナメってんだ」
 僕は一所懸命、笑いを噛み殺していた。
「そいでな、そのアイナメが次に何になったか判ったら百万円やるよ」
「ふうん」
「鰊だってよ」
「え?」
「<妊娠>、子供が出来たことを言うじゃねえか」
「そんでな、みんなが言ったんだってよ、目出鯛、目出鯛ってな」
(後略)・・・』
 
 それでハッと気付いた。いやしくも森林インストラクターの俺としては、数ある「木偏」の植物を繋いで、インテリジェンスとユーモア溢れる諧謔文を作ってやろうと意気込んでみたものの・・・。バッキャロ、どなたか挑戦してみてくれませんか。
(2017年1月25日 記)