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2022年1月5日(水)晴れ
愛おしむ旅(その2)ー北信濃
 2022年も5日目となって、年末年始の気忙しさから少し解放された気分である。正月3日には家に帰ってきた息子を交えて、近くの寒川神社にお詣りに行った。家族4人揃って初詣をしたのは、全く十何年ぶりである。それだけに「今年は家族が皆健康で幸多い年でありますように」と心を込めてお参りをした。

 さて昨年12月にアップした東北と北関東の2回の山旅後に、更に3回、相棒のKさんと森林調査で出張した。12月13日から16日までは信州の山に入り、12月19日から22日までと、(中1日休んで)24日から28日まで、中国・近畿地方の山々を巡り歩いた。

 今期3回目からの山旅では折しも日本列島が寒波に見舞われ、積雪の中での厳しい仕事が何回かあったものの、峻険な雪山の風景に心を奪われ、雪に沈んだ名刹の景色にしばし枯淡の境地に浸ったりした。

 信州の山旅では、小谷村姫川温泉に宿をとった。調査ポイントの近くから望んだ白馬岳-八方尾根-笠が岳-五竜岳の勇姿である。



 小川村では「おやき村」と名付けた家に立ち寄り、アツアツのおやきを頬張り、信州野沢温泉に向かう途中では北信五岳の妙高・黒姫・飯綱(斑尾山と戸隠連峰は雲の中だった)の山々を目に焼き付けた。

2022年1月6日(木)曇り
愛おしむ旅(その3)-中国・近畿(1)
 4度目の出張は12月19日姫路駅からのスタートだった。駅近くのレンタカー会社から4WDを駆って一旦岡山県に入った。津山で一泊し、翌日は雪のついた那岐山麓で仕事。終わって一路鳥取市を経由して但馬の国兵庫県香美町に入った。宿は、ほのぼのとした旅籠風情の小代温泉中佐屋旅館。こたつと温泉で冷えた体を温めた。

 中佐屋旅館の朝、散歩で町内に出た。折しも子ども達の集団登校の時間で、「おはようございます!」「おはようございま~す!」と一人一人から元気な挨拶を貰った。さらに橋の袂で、家から出てきた娘さんと顔が合って、「おはようございます」と声をかけられた。香美町が一気に好きになった。宿に戻って、「散歩していて子ども達や町の人から挨拶されました」「あら、当たり前でしょ」「感動しました~!町の寄り合いがあったら、よそから来た客が挨拶されて喜んでいたと伝えて下さい」。女将さんとの会話である。

 岡山県真庭市勝山「蔵の町」  兵庫県香美町小代温泉の旅館と町並み(この道で町の人たちから挨拶された)

 香美町に棚田百選に選ばれた場所があるというので、この日の仕事前に立ち寄ることにした。新雪に覆われた棚田が朝日を受けて絶妙な影を作り、見事なモノトーンの世界を現出していた。

 
 
  兵庫県香美町「うえ山の棚田(日本の棚田百選)

 鳥取県での仕事を終えて、22日に再び姫路に戻った。今回の仕事では、空いた時間を見繕って但馬牛の資料館や鳥取砂丘を歩き、最終日には姫路城前で車を降りて世界遺産を見ることが出来た。全くKさんのお陰である。

   
鳥取砂丘
 日本海をバックに「ジャンプ!」
 
 
県立但馬牛資料館

(左写真:鳥取砂丘と但馬牛資料館)
 砂丘で二人組の女学生がスマホで自撮りしていたので「撮してやるよ。そこに並んでね」と言ったら、二人がジャンプしてポーズをとった。「若いなあ~」と感心してたら、Kさんがやって来て俺の写真を撮ってくれるという。それで俺も、女の子に負けじとジャンプした。足が良く上がらなかった。(砂のせいである。断じて歳のせいではない?)

 但馬牛の体に映像が・・・何も牛に写さなくても・・・
2022年1月13日(木)晴れ
愛おしむ旅(その4)-中国・近畿(2)
 2021年最後の仕事は、京都からのスタートだった。12月24日の正午に日産レンタカー京都新幹線駅前店でKさんと合流し、愛用のエクストレイル(4WD)を駆って宮津市までのロングドライブとなった。宮津市には言わずと知れた名勝地「天の橋立」がある。宿にチェックインするやいなや、日が暮れる前にと天の橋立目指してホテルを飛び出た。
 実は、天の橋立は55年ぶりの再訪である。今思っても55年前、どうしてたった一人でここにやって来たのか、自分でも分らない。観光目的の浮き立った気持ちで訪れたのではないことだけは、おぼろに覚えている。

           天の橋立
 仕事は京都府内から兵庫県に移り、列島に寒波が襲って、調査地は積雪30センチほどの厳しい現場環境となった。しかしその後再び京都府に入り、Kさんが手配してくれた宿が、何ともおしゃれな民宿「大原の里」だった。寒波が続いてここも雪模様になったが、宿に泊まった翌朝に、念願の「寂光院」を訪れる事ができた。
 寂光院は聖徳太子が御父用明天皇の菩提を弔うために建立した尼寺で、その後、平清盛の息女で安徳天皇の御母である建礼門院がこの寺に入って、源平の戦で敗れ壇ノ浦で滅亡した平家一門と安徳天皇の菩提を弔いつつ、終生をここで過ごしたという名刹である。

   大原の民宿「大原の里」        記念撮影用の「大原女」

   
寂光院への階段      寂光院(京都市左京区大原)
 京都からは奈良に飛んだ。そして今回最後の宿が、Kさんが趣向をこらして手配してくれたゲストハウスだった。宿の名前は「はる家ならまち」。俺は生まれて初めてこういうスタイルの宿に泊まったが、旧家の広い土間にレトロな炊事場があり、客は各々部屋からここに出てきてはお湯を沸かしてコーヒーを飲んだり(炊事場にインスタントコーヒーとポットが備えてある)、コンビ二で買ってきたおにぎりをレンジで温めたりして、いわば共同生活的な体験ができる宿なのである。Kさん曰く、今はコロナで外人客は居ないが、普段はいろいろな国の若い旅行者が多く利用していて、国際交流の場になるのだという。しかし実に面白かった。

   ゲストハウス「はる家ならまち」      興福寺五重の塔
 最終日の朝は、ゲストハウスを出て興福寺まで散歩に出かけた。コロナ禍のせいか、年の瀬の押し迫った時期のせいか、広い境内は人通りも少なくひっそりとしていた。そんな静かな朝のひとときに、荘重は五重の塔を間近で見上げ、念願の阿修羅像にも会えたことは嬉しい限りだった。

 「今年もお世話になりました!」「良いお年を!」。12月28日の午後、2021年の最後の仕事を終えて、お互いに言葉を交わして京都駅でKさんと別れた。
2022年1月14日(金)晴れ
愛おしむ旅(最終回)-島根県
 年明け7日から11日まで島根県に出張した。森林調査で島根県の山に入るのは、2011年9月にH氏と最初に訪れて以来6回目となる。

 7日午前に出雲縁結び空港で長年の相棒Kさんと合流。「今回もよろしくお願いしま~す!」と挨拶を交わして、空港近くのトヨタレンタカーで借りた四駆車「RAV4」を駆ってのスタートだった。
(写真:出雲空港行きJAL279便から見た東京スカイツリー、 トヨタRAV4)
 度重なる島根出張で馴染みになった国道9号線を一路西進し、江津、浜田、益田と走り抜けて、目指すは初日の宿津和野である。
 民宿「原田屋」で旅装をといて夕飯前までの時間、殿町通りをぶらつくことにした。旧藩校養老館前の堀割には見事な鯉が鰭を動かせ、自転車を止めた親子が、鯉におやつのポテトチップを投げ与えていた。

     津和野「殿町通り」       堀割の錦鯉にポテトチップを      藩校「養老館」

             津和野の町並み

 翌8日、そして9日と、気持ちよく晴れた絶好の仕事日よりだった。そしてこの2日間の移動で目にした風景や立ち寄った神社など、その一つ一つを愛おしむ旅の記憶として胸に刻んだのである。

 8日は、山中で目にした崩壊寸前の山の神神社、そしてその麓の村で目にした廃屋の姿。9日には、島根の旅で繰返し見てきた大河「江の川」の悠然たる風景と、その川筋をかつて走り今や廃線となったJR三江線の姿。これらの風景が渾然一体となって、我が胸に何やらシンとした感情を呼び起こすのである。幾星霜を経て崩れ去るものにも、悠久の大河に比肩する美学があるのだと・・・・・・。

         
崩壊寸前の山の神神社                麓の村の廃屋

 江の川             江の川と廃線になったJR三江線(広島県三次と島根県江津市を結んだ)       
 10日の朝にはKさんの配慮で出雲大社に参拝することができた。島根出張のときには、必ず出雲大社に寄って参拝し、多くのお願いや悩み事を聞いてもらってきたが、今回の旅でこれも最後である。

 主祭神大国主大神の「結びの御神像」   出雲大社本殿         神楽殿
 そしてこの晩は、奥出雲町の船通山登山口にある「民宿たなべ」に宿をとった。夕食は大きなガラス窓越しに雪を見ながら囲炉裏を囲んでの料理だった。Kさんとペアで長く続けてきた森林調査の、最後の夜のたった二人の晩餐会だった。

 最終日11日は吹雪に見舞われた。奥出雲の国道314号線から外れると除雪も途絶え、調査ポイントまでの長い雪中歩行を強いられたが、無事に、そしておそらく完璧に、仕事を果たし終えたと思う。この雪の降りしきる厳しい現場が、14年間続けた最後の最後の仕事で、実に幸運だった。この日を、一生忘れないからである。

 最後のポイントから車に戻る雪道で、先行するKさんが振り返って俺の姿を記念に撮ってくれた。そして「雪の中、チャンピオン入場のようですよ」と褒めてくれた。嬉しかった。

最後の仕事を終えて雪道を車に戻る(Kさん)   後に続く俺(チャンピオンの入場みたいとKさんが言った)

 2008年から丸14年続けてきた森林調査の仕事は、2022年1月11日の正午をもって終了した。この間で出張した県は42都府県、出張総日数は485日、調査した森林の数は全国644カ所である。

 

2022年1月15日(土)晴れ
旅で出会った風景-島根編
 「神社百景」 正月なので、出会った神社に次々お参りした。何しろ島根は神の国だから・・・。

 奇鹿(くじか)神社(島根県吉賀町)

  (同左)

 山の神神社(島根県吉賀町)

 山の神神社(島根県吉賀町)

 田立神社(島根県美郷町)

 柿本神社(島根県益田市)

 出雲大社(島根県出雲市)

  (同左)

 (同左)

  農村風景(島根県美郷町)
  
 道の駅キララ多伎の砂浜「ちひろちか ♡ ま○○○」 (出雲市多伎町)

 天然のヒラタケ(調査ポイント近く)

 山形そば(島根県奥出雲町)

 最後の調査を終えて、空港に向かう途中、「山形そば」に寄って打上げと相成った。さすが名代のそば店だけあって絶品の出雲そばだった。

2022年1月23日(日)曇り
おやじ山の雪掘り(越後長岡おやじ山倶楽部フォトギャラリー2022より)
 長岡のKさん、Yさんからメールが来て、今日(23日)急遽おやじ山に入って小屋の雪掘りをしてくれたという。寒波襲来で日本海側に大雪警報などが出て、「おやじ小屋は大丈夫かなあ?」と、心配していた矢先だけに、お二人には全く感謝、感謝である。
 早速Kさん、Yさんの撮した写真が「おやじ山倶楽部HP」のフォトギャラリー2022にアップされたので、その一部を転載します。




「KさんYさん、ありがとうございました!」
2022年1月27日(木)曇り
欲望の臨界点(「森のパンセーその121」の序)
  新型コロナの1日の感染者数が全国で7万人を超え(2022年1月26日午後8時現在。2日連続過去最多を更新)、今日(27日)からは全国の7割超の34都道府県に「まん延防止等特別措置」が適用されるという。中国武漢での最初の発症報告が2019年12月初旬。日本では翌2020年1月15日に最初の感染者が出て、以降瞬く間に世界的規模のパンデミックになった。
 記憶を辿るまでもなく、僅か10年ほど前の2011年3月11日には、福島第一原発事故が発生し、更に遡れば、地球温暖化も僅か40年程前に顕在化した地球規模の危機である。(1970年代に地球温暖化についての科学的解明が進んだことから、1985年にフィラハ会議(オーストリアのフィラハで開催された地球温暖化についての初めての世界会議)の開催、1988年にIPCC(気候変動に関す政府間パネル)が設立された)
 そして、新型コロナ、福島第一原発事故、そして地球温暖化と、この3つの災厄の根を辿れば、同じ元に行き着く。
 
 ベストセラーとなった斉藤幸平の著書「人新生の資本論」によって「人新生(ひとしんせい)Anthropocene」という言葉を知ったが(ノーベル化学賞受賞者パウル・クルッツェンが唱えた。「人類の経済活動が地球に与えたインパクトが巨大なため、地質学的に見て、人間たちの活動の痕跡が地球の表面を覆い尽くした年代という意味」)、我々が本来踏み込んではいけない自然の隅々まで立ち入ったことで、自然からのしっぺ返しを受けているということを、肝に銘ずるべきなのである。

 新型コロナ、福島第一原発事故、地球温暖化、まさかこれらが、俺が今まで生きて来た後半生にドカンとやって来るとは思わなかった。
 それならどうしたらよいのだろうか?「森のパンセーその121」で京都大学名誉教授佐伯啓思氏の論考を紹介します。